ひげとぼく
これは僕と、ちょっとだけぶっきらぼうなおじさんの話。
僕たちが出会ったのは、十日ほど前のことだった。狭い路地を歩いていた僕は、無精髭のおじさんに出くわした。初めて顔を見たときはただの不機嫌な中年男かと思ったけど、何度か顔を合わせるうちに、少しずつ彼のことがわかってきた。
おじさんは毎朝、路地裏の古いアパートから出てきて、近くのコンビニで缶コーヒーを買う。仕事に行く前に公園のベンチに座って一服するのが日課のようだった。僕もその公園でよく遊んでいたから、その日、僕はコーヒーを飲むおじさんの隣にそっと座ってみた。おじさんはぼんやりとどこかを見つめたままだった。
翌日、また僕はおじさんの隣に座った。無視されるかと思ったけど、今度はおじさんは黙って僕に目を向けた。
「お前、また来たのか」
おじさんの口調はぶっきらぼうで、それ以上は何も言わなかった。僕たちはただ並んで、ベンチに座っていた。次の日も、その次の日も。そして昨日。めずらしく夕方におじさんが公園の前を通りかかった。とても疲れた様子だった。一人で遊ぶ僕を見つけ、おじさんは立ち止まった。
「うちに来るか?」
そう言われて、僕はおじさんの後をついていった。スーパーの袋をぶら下げてアパートへ戻るおじさんの足取りは重く、招き入れられた部屋はお世辞にも綺麗とは言えなかった。僕は黙っておじさんのそばに座った。
「ほら」
スーパーの袋から缶ビールと半額のさしみを取り出すと、おじさんは僕にさしみを一切れ分けてくれた。それから無言でテレビをつけ、ニュースをぼんやりと眺めていた。その背中には、深い孤独と悲しみが滲んでいた。
夜が更けると、おじさんはベッドに横たわり、ため息をついた。僕はその隣に静かに横になった。おじさんの孤独を少しでも和らげることができれば、それでいい。そう思ったから。
朝、おじさんはいつものようにベンチに座って缶コーヒーを飲んでいる。僕はおじさんの隣。分けてもらったゆで卵を食べていると、おじさんがそっと僕の頭を撫でた。
「ありがとな」
おじさんの手はごつごつしていて、ほんのり温かかった。僕は嬉しくなってしっぽをぱたぱたと振った。無精髭を生やしたおじさんと、子猫の僕。奇妙な絆だけど、僕の存在が優しいおじさんの孤独を少しでも和らげることができたなら、それでいい。
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