第5話

あの頃、僕は彼女の歳下だった。

それが今では1歳年上になっている。


死を受け入れることはできたが

彼女に対しての気持ちは

薄れることはなかった。


そして僕は彼女の死から教訓を得た。


明日。自分の目の前にいる相手と

必ずしも会えるなんていう保証はどこにもない。

だから、その時に伝えたい言葉や気持ちは

その日に伝えなくてはならない。

明日言おうなんて先延ばししてはいけない。


大好きだった彼女に

二度と伝えられなくなる後悔や悲しみを

他の人には経験してほしくない。


その晩、今まで気にもしなかった

机の上の砂時計が視界に入った。

僕は意味もなく砂時計をひっくり返した。

そして溜め息をつきながら

落ちていく砂を無心に眺めた。


" 落ちてしまった砂は、過ぎた時間。

まだ落ちてない砂は、これからの時間。

そのふたつの間の砂は、今の時間。

後悔しないように生きていかんといけんよ。 "


あの頃の会話がよみがえった。

当時はその言葉の意味すら理解してなかった。


砂時計は過去・現在・未来を表していることを


自分の中にある砂時計の砂は

2年前のあの出来事でき止められていたことに気づいた。


そして、あの日渡すことのできなかった

指輪の箱を見たその時、

携帯が鳴り、画面を見て目を疑った。


送信者が舞陽だったからだ。

 

僕はパニックになった。

有り得るはずがない...。


きっとタチの悪い大学のドッキリだ。

と考えたのだが、僕はあの日のことを

誰1人として話していなかった。


この世にいない彼女から

連絡があるなんて有り得ないと思った。

愛した人が生き返るなんてことは

おとぎ話にある白雪姫や眠れる森の美女で

現実には絶対に起こり得ないことだ。


だがそう思っていながらも

僕の指は受信Boxを触れていた。


「おいしいメロンソーダ見つけたの。

今日のおわび!明日行かない?」


ピアノ教室を忘れていたあの日。

せっかくのデートを打ち切りにしたおわびと

僕にメロンソーダを買ってくれることになっていた。

この出来事は、ふたりしか知らない話だった。


そして疑心暗鬼になりながらも

あの頃のように送ってみた。


『気にしなくていいのに!

けど、そんなこと聞いたら

その店気になっちゃったから明日行こう。』


「うん‼︎」


『時間は11時頃で

場所は駅前のクリスドーナッツの店』


「わかった。おやすみ」


『それじゃ、おやすみ』


当時に戻った感覚だった。


翌日、クリスドーナッツへ向かった。

だが、11時を過ぎても舞陽の姿はなかった。


舞陽は時間を守る人で、むしろ僕の方が

デートに少し遅れるくらいだった。


結局2時間待ったが

そこに現れることはなかった。


帰宅し、メールを送ったのだが

なんらかのエラーがでてしまった。

連絡手段がないまま

どうすることもできない僕が

そわそわしていた、その時携帯が鳴った。


「今日何か用事入った?」


悲しそうで怒っているような澄んだ声だった。


『えっ⁈なにもないよ。

ドーナツ屋で待ってたよ。

もしかして僕、場所間違ってた?』


「どうだろう...駅前にドーナッツ屋なかった。

駅前には、公園と駐車場しかなかったよ?」


" そんな...どういうことだ?

やっぱりイタズラなのか?"

そう頭をよぎったが


『あ...ぁ。ごめんね。

せっかく楽しみに待っててくれたのに。

また今度の機会に行こう!』


そう穏便にした。


「ねぇ、明日の演奏曲なんだと?」


そう聞かれ、机の上のカレンダーを見た。

明日は10月23日。舞陽の命日。


『舞陽は美人と野獣が好きだしその曲?

なんかヒントとかないの?』


「ぶっぶーー‼︎けどおしいね☺︎

ディズニーの曲は当たってる。

ヒントは...パンフレットのフレーズ。」


あの時のパンフレット。

僕は捨てず押し入れの中に保管しておいた。

"YouCanDoIt"君ならできるか...


『ピーターパン?君も飛べるよって曲あったよね。あの曲ならビデオで聴いたことある。

てか、明日早いんだろ?寝た方がいいんじゃない?』


「そうだね!

それじゃぁ、正解は明日聴きにきてね。

おやすみぃ」


『おやすみ』


メールを終えたあと

僕はさっきの言葉が気になった。


"ドーナッツ屋なんてなかったよ。"


そして、もう一度メールを見返した。

僕が送ったメールは2006年10月22日、

舞陽が送ってきたものは2004年10月22日、


もしかして2004年って...。


これまで半信半疑だったけど、僕は自分自身で

それが本当だという証拠を見つけた。


一度死んだ彼女が、僕の2年前を生きている。

なぜこんなことが起きたのか理解できないけど

ひとつだけ確信できる。

これが夢ではなく本当の出来事なら

舞陽を交通事故から救うことができて

死なずに済むかもしれない。と。

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