第3話

高校2年の春、

人生で初めてひとりの女の子を好きになった。

僕の一目惚れ。

だから彼女の名前も学年も知らない。

知りたくて仕方がなかったけど

直接話す勇気もなくて、友達を伝って知った。


藍原舞陽あいはらまひる。3年C組。

吹奏楽部ピアノ担当。ちなみに彼氏なし。


ある日の放課後、音楽室のドアに耳を当て、

気づかれないようにこっそりピアノを聴いた。

それは今までに出会ったことのない程に

美しい響きで演奏が終わるまで

その場を僕は動けなかった。


バスケの最中だった。

着地に失敗した僕は足首を負傷し

そのまま保健室へ行った。

偶然にそこには藍原さんがいた。

緊張のあまり、足首の痛みを忘れてしまっていて

頭の中で話す話題を考えていた。


「あれ?2年の生徒会副委員長くん?

わたし、3年C組の藍原です。

わぁ…。足腫れて真っ赤じゃん‼︎

教室まで一緒に行こっか?」


驚いたことに、彼女のほうから声をかけてくれた。


『2..2年B組のたちばなです。

この足だと、教室に着くまでに時間がかかって

藍原さんが、次の授業に遅れることになるので

だ、、大丈夫です。ありがとうございます。』


好きな人が目の前にいる驚きと

突然声をかけてもらえたことに緊張し

言葉はつっかえ、会話として成立していたかも

自信がもてなかった。

そして、その思いやりを断ってしまったことにも後悔していた。


だか、その出会いをきっかけに

彼女との距離が近づいていったのだった。


ある日の放課後、部活が早く終わった僕は

音楽室へ直行したのだが、珍しく彼女も部活を切り上げ、音楽室の鍵を閉めているところだった。


『あ、あの...。

僕、部活が早く終わったのですが

途中までよかったら帰りませんか?』


僕は勇気を出して誘ってみた。


「本当に?最近さ、不審者情報があって怖かったんだ。

橘くん頼もしいね。じゃあ、職員室に鍵返してくるから、正門で待ち合わせ。」


女性の隣を歩くこと。

これも僕の記憶が間違っていなければ

人生初のイベントだ。


「ねぇ、橘くんは何部なの?」


またもや、突然切り出された。


『サッカー部です。

小さい頃、野球ボールをキャッチできなくて、

頭に直撃してから、そらを舞うボールがこわくなって、中学からサッカー部なんです。

僕も先輩みたいに楽器が使えたら

世界への見方って変わるんだろうな..。』


(やばっ、今世界とか意味不明なこと発言したかもしれない。)


「確かに、そらからのボール取るのって

初めはこわかったかも。

それに比べて、サッカーは手を使っちゃいけないから、慣れるまで大変そうだよね。

あっそうだ、明日って空いてたりする?

ほら!この前教えてくれた橘くんの好きな曲

スピッツの《空も飛べるはず》わたし偶然弾くんだ。もし暇してたら、中央文化会館で演奏するから遊びおいでよ。これ、パンフレット。

それじゃあ、またね。」


渡されたパンフレットには

《春の定期演奏会2004》と印刷されていて

開演は10時。彼女の番は11時30分だ。


朝起きられるか心配だった僕は

目覚ましを2ヶ所設置した。

そのおかげで、寝坊せずに済んだ。


11時30分。

自分が演奏するわけでないのに

不思議と緊張をしていた。


そして、彼女の演奏している

《空も飛べるはず》に

音色と力強さに圧倒されて

演奏が終わっても僕はその余韻に浸っていた。


演奏会が終わり、彼女はロビーで帰る用意をしていた。


『あの..お疲れさまでした。

とっても素敵でした。

今日は誘ってくれてありがとうございました。それと..舞陽さんのことをもっと知りたいです。悲しい思いはさせません。僕と付き合ってください。』


気付いたら演奏会が終わった後に渡すはずだった、ネモフィラとカスミソウの小さな花束を、彼女に向けて告白していた。


「今年、大学受験で連絡疎かにするかもしれないょ?」


『わかってます。それでもいいです。』


数十秒だったであろう沈黙が

1分を超えた感じがしていた。


「ネモフィラとカスミソウ。

わたしの好きな花知ってたの?」


『僕。小さい頃は茨城県に住んでて、よく海浜公園に行ったんです。

そこでネモフィラに出会いました。

青色の花。

なかでもバラ科では

なかなか開発されていなくて

花の世界では珍しい色と知った時

僕のお気に入りの花になりました。』


「偶然だね。今度海浜公園に行こう。

ってことで、これからもよろしくね。」


こうして僕は

舞陽さんと付き合うことになった。


勉強があるにも関わらず

夏休みの間は映画を観たり。

パンケーキを食べに出かけたり。

図書館で勉強したり。

時間あれば会って充実した夏休みを過ごした。


『女子ってもらって嬉しいものって

どんなものなの?』


仲のいい友達に聞いてみた。


「おぉ!やっと翔海にも彼女できたんか‼︎

おめでとさん。女子も人によって違うから

一概にこれって言い切れねぇけど...。

俺は指輪渡した。いわゆるペアリングな。」


「あーぁ!俺も指輪あげたゎ。サプライズしたくてさ、直感で選んで内緒で買って渡したら

案の定、ぶっかぶかで失敗した。

今はネックレスにしてつけてくれてるけどね。」


他の男子も加わってくれていた。


『そっか。

一緒に買いに行くなら間違いは避けれるけど

内緒にしたいのなら、悟られないよう気をつけないとか..。

知らなかったけど、みんな頑張ってんだな。

サンキューな‼︎参考になった。』 


今から約1ヶ月後の舞陽の誕生日に

僕も指輪を渡そう。



「吹奏楽部って他の部活と違うところがあるんだけど、知ってる?」


下校中での会話だった。


『えーっと...。

実は日曜日も部活がある!とか。』


「ぶっぶぅ~!

翔海くんのサッカー部は

3年生の最後の試合って夏じゃない?

なぜだか、吹奏楽部は秋が最後なんだ。

おもしろいっしょ。

それで来週の土曜日が最後なんだ。」


『それって音楽室からのピアノの演奏も聴けなくなるのか...。なんか悲しくなるな。』


そうして他愛のない話をしながら

さっき渡されたパンフレットを眺めた。


《10月23日 10時開始 

     YouCanDoIt ~キミならできる~》


その日は彼女の18歳の誕生日でもあった。

 


やっぱり女子はキラキラしているものが

好きらしい。


「翔海くん、このネックレスかわいいよ!」


学校にいる時の凛々しさとは違い

少女のような笑顔ではしゃいでいた。


『舞陽さん。ちょっとこっち来てみん。

指輪。指きれいだし似合うんじゃない?』


「きれいだなんてそんなことないけど

テレるな。確かに、今までピアノ弾いてて

指輪つけたことなかったかも。」


さりげなく誘ってみたら

彼女は指輪を手にしてくれた。

自分の指に通した指輪を嬉しそうに見つめていた、彼女の姿を僕は忘れない。


「あっ...わたし。

16時からピアノ教室だったこと

すっかり忘れてた。

誘ってくれたのに翔海くんごめんっ‼︎

今度、大好きなメロンソーダごちそうする。」


自分でも忘れていたからなのか

彼女はてんぱっていた。


『気にしなくていいよ。今15時だし。

これから電車に乗ればギリ間に合うと思う。

よしっ、今日のデートの続きは次回で

今日は帰ろっ。』


彼女を前にすると焦ってしまい

会話もぎこちなかったけど

少しずつ慣れてきた感じがしてきた。


「ピアノ教室から最寄り駅まで距離があるの。

だからゴメン‼︎お母さんに迎えに来てもらえるように電話してみる。」


『わかった。お母さんが迎えに来るまで

僕も待ってる。』


20分後。

彼女は‘‘またね‘‘と車に乗って行ってしまった。

モールに1人になった僕は

もういちど、

指輪が置いてあった店に行くことにした。

男1人で

ジュエリーのショーケースを眺めていれば

誰かにプレゼントか少し変わってる人の2択だろう。

周りが気になりながらも

ショーケースに目を向けていると

シンプルだけど小さな石が光っている指輪があった。


『すみません。この指輪って2つありますか?』


店員さんに迷うことなく聞いてみた。


「もちろんございます。

只今、ご用意致しますのでお待ち下さい。」


店員さんがあまりにもかしこまっていたので

僕は不思議と恥ずかしくなり困ってしまった。


『すみません。1つ包装してもらえますか?』


「はい。もう片方はどうなさいますか?」


『僕のなので、そのままで大丈夫です。

ありがとうございます。』


「お客様、ペアリングをお求めでしたか。

そうなりますと、この指輪のペアはこちらでございます。』


親切な店員さんだった。

男性用の指輪には光ってるものはなく

ごくシンプルだった。


『こういうの初めてで助かりました。

ありがとうございました。』


僕の左手にはジュエリーショップの紙袋が握られ、明後日渡す事を楽しみにしながら、電車に乗って家へと向かった。



携帯のバイブで目が覚め

時計を見ると8時30分を過ぎた頃だった。

部活の連絡網かと一瞬考えたが

今日は日曜日で休みのはずだから有り得ない。

メールを開いてみると舞陽からだった。


「おはよう☺︎

演奏会で連絡難しくなっちゃうと思って

朝送らせてもらったょ。

一昨日はせっかくのデートごめんね。

ほんと、自分のスケジュール把握してなくちゃだよね。いってきます。大好き、翔海くん。」


彼女は僕に会うたびに"好きだよ"と気持ちを伝えてくれる。

だが、僕はその言葉に"ありがとう"としか返せていない。

本当はすごくすごく大好きで

一昨日のデートは一緒に居たかった。


けど、その気持ちを恥ずかしくて

素直に伝えられていない。

一緒に居るから自然に気持ちが伝わってるとか勝手な解釈をしてた。


よしっ‼︎

演奏会が終わったらご飯に誘って

きちんと好きだって気持ちを伝えよう。

そのあと指輪を渡して

彼女にとって最高の誕生日にしよう。


『おはよう(*^^*)

朝忙しいのに連絡くれてありがとう。

演奏会、観に行く‼︎

今日の演奏者の中で舞陽のピアノは誰よりも上手で、そして誰よりも可愛い。

演奏会が終わったらロビーで待ってる。

ご飯食べに行こう!お誕生日おめでとう。』


そのころ。


髪につけていた水色のリボンが

ないことは気がついたのは

本番30分前の出来事だった。


「舞陽先輩どうかしましたか?」


後輩の咲実えみちゃんが声をかけてきた。


「あっ咲実ちゃん!

わたしがしてた水色のリボンどこかで見なかった?」


「先輩、隣の公園で一緒にお菓子食べてた時

髪縛りなおしてましたよね‼︎

もしかしたらその時に

公園のベンチに置き忘れたとかじゃないですか?」


わたしはその時のことは全く頭になかった。

きっと咲実ちゃんは記憶力がいいのだろう。


「本当に⁈咲実ちゃん、ありがとう!

10分もしないで公園に着くから

本番には間に合う。

ちょっと探しにいってくる。」


舞陽の言葉は落ち着いていたが

"もしなかったらどうしよう...。"と

内心すごく焦っていた。


目の前に公園の入り口が見えた。

道路を小走りで渡っていた時

車と車がぶつかった音が、間近で聞こえた。

"なんの音だろう?"そう思って

振り向いた時には遅かった。


近くの家の人が救急車を呼んでくれ

総合病院へ運ばれた。

医療スタッフは全力を尽くしたが

彼女は、僕からの返信メールを開くことなく

これからステージへあがることもなくなってしまった。



10時になっても幕があがららない。

"なにかあったのだろうか?"

と同時に嫌な予感もしていた矢先

僕が座っていた通路側には

舞陽のお母さんがいた。


「翔海くん、ちょっといい?」


僕の隣に立ったお母さんの目は

よく見ると腫れていたような気がした。


「落ち着いて聞いてほしいの。

今さっき、あの子が病院に運ばれて...。」


僕はこの場にいた舞陽が

なぜ病院に行ったのか理解ができなかった。


『そしたら早く行かないと!

僕も一緒に行ってもいいですか?』


「あのね、死んじゃった...」


頭が真っ白になる。とは

こういうことを言うのだろうか。

僕にはお母さんが何を言っているのか

意味が理解できなくて、立ち尽くしたままだった。


「あの子が歩いていた近くで

車と車の事故が起きてたの。

片方の車が、その衝撃で跳ね返って...

直撃しまった。」


事故の全貌を聞いても受け入れられずにいた。


『あの、すみません。

混乱していて理解ができていないんですが

迷惑でなければ、僕を舞陽さんに会わせていただけませんか?』


お母さんは、目に溜まった涙をこらえて


「もちろん。あの子も喜ぶゎ。」



ばあちゃんが死んだ時、僕は誓った。


大切な人の死は、もう見たくない。

寒くて、暗くて、静かで、色もない、

この霊安室に...もう来たくない、と。


だがそこには

傷ひとつなく、眠ってるように

ベットで横になっている舞陽がいたのだった。

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