第9話

急にブラックコーヒーが飲みたくなり

神永先生がよく飲んでるやつを買った。


…意外と美味しい。


明日の仕事にも持って行くことにした。

自分のなかで、先生と一緒のコーヒーを

飲めることがちいさな楽しみだった。


お昼休み。

神永先生のタイムカードがなくなっていた。


" えっ⁈どういうこと?

昨日のオペに失敗して辞めさせられた?

いや、そんなわけがない。


体調が悪くてお休み?

だとしても、タイムカードはなくならないよね…"


混乱するわたしは

頭の中で自問自答を繰り広げていた。


医局の森さんだったら知ってるかもしれないと思い

お昼休みを利用し会いに行った。


『昼休みにすみません。あの。

 脳外科の神永先生は今どちらにいらっしゃいますか?』


「あなた、整形外科のクラークさんだったわよね。

 神永先生...って誰?

 脳外科には荒木先生ひとりだけど?」


思考が停止したように口が開いたままだった。


『専門医になるために今年の秋にここに来た

 神永樹先生。

 あなたも一緒にご飯に行ったじゃないですか⁉︎』


はぁ?とでも言うような顔で彼女は言った。


「そのような先生は脳外科以外でも

 この病院にはいません。

 私がその神永先生とやらとご飯に行った?

 そんな記憶ありません。信じないようなら

 他の人にもその話しをしてみたらどうですか?」


"ありえない"その言葉が頭の中を駆けめぐる。


『わかりました。聞いてみます。』


クラークの先輩だったら

必ず一度は話しているはずだった。


が、、

誰ひとり神永先生を憶えてる人はいなかった。


不審がられることは承知の上で

脳外科医の荒木先生にも聞いてみた。

今までひとりでオーダーや処方箋•オペをしていたと言うのだ。


わたしは諦めたくなかった。

そう、あの日一緒にいた人がもうひとりいた。

整形外科の金倉先生だ。


『金倉先生。神永先生ご存知ですよね?

 この前Blueにご飯食べに行った。』


「あーぁ、知ってるよ。それがどうした?」


『先生のタイムカードがないんです。

 昨日は緊急オペだって言って元気だったのに..』


頭の中で最悪な状況を考えてた。


「双ちゃんが思っているようなことは起きてないよ。

 神永先生は少し旅に出たんだよ。

 僕と双ちゃんしか神永先生の記憶がないは

 説明できないけど。」

 

事故や事件に巻き込まれてないこと。

金倉先生も憶えてくれていたこと。

この病院でもう会えないのは悲しいけど

生きていることが分かっただけで充分だった。

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