没小説集
波斗
帝国海軍強襲移乗隊~強襲乗艦、敵艦を鹵獲せよ!
あらすじ
「軍艦〈フネ〉が無いなら奪えばいい」________________威海衛の戦いで水雷艇部隊が北洋艦隊旗艦『定遠』を鹵獲する戦果を挙げた。これに衝撃を受けた帝国海軍は主力艦の整備を続ける傍ら、艦艇鹵獲部隊を立ち上げその装備の開発に勤しんだ______そして日清戦争より40年あまり、日米開戦が不可避となったとき、ある艦隊が秘密裏にハワイを目指す。世界史に刻まれる壮大な一大鹵獲作戦が始まった
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威海衛軍港攻撃に使用された水雷艇は二〇三トンの『小鷹』を除き四〇~八五トンの小艇であった。前年の黄海海戦では連合艦隊旗艦の防護巡洋艦『松島』以下、一二隻四万八八〇トンが5時間にわたり北洋艦隊と砲火を交えたのにも関わらず巡洋艦五隻を沈めたのみであり、主力艦『定遠』『鎮遠』をとり逃してしまった。現存艦隊主義の北洋艦隊はその後、威海衛に引きこもる形になり、莫大な費用をかけて欧米の軍艦をそろえた連合艦隊は事実上役割を失い宝の持ち腐れとなっていた。
威海衛湾への攻撃は陸軍第二軍が山東半島東部を占領し威海衛湾を半包囲した状態で実施された。北洋艦隊残存艦艇は燃料、物資を欠いておりそもそも連合艦隊が黄海上を遊弋している中では迂闊に出撃出来ないことから、威海衛湾には主力戦艦2隻を含む20隻近い艦艇が停泊していた。
1895年、2月5日午前3時20分。16隻から成る水雷艇部隊は威海衛湾への侵入を開始した。
★★★
いよいよだ。高まる興奮を表情に出さないように気を付けつつ、俺は旗艦『小鷹』の方を見た。灯火管制で可能な限り光を出さないようにはしているが、最低限の発光信号のやり取りは行われる。今しも、小鷹から各艇に突入の指示が送られていた。
「艇長!第三艇隊が突入を開始しました!」
「了解した。...日下部、無理はするなよ」
「艇長の言う通りでっせ、小便漏らすなよ」
航海長がガヤを入れる。
「漏らしませんよ!!からかわないでください、もう...!」
「アハハハ、冗談、冗談」
「そういう航海長も兵学校のカッターに乗ったときに漏...「言うな!殺すぞてめえ!」
日下部の教育担当の兵長が航海長の触れてはいけない過去に触れてしまったようだ。ふむ、面白そうだし、あとで兵長に聞くとするか。
「いやぁ、あれは傑作でしたよ、こいつ、船に乗るなり吐くわ、泣くわ、挙句の果てにチビルは、本当に...。うわぁ、ヤバい、逃げろ!」
「ぶっ殺す!ぶっ殺す!おい!、こら、まて!」
20人もいないのに内乱になりそうだ。いつもこんな感じだが。
「ほらほら、
「こいつが悪いんです!」
「いや、おまえがちびったのは本当のことだぞ」
「おまえら、さっさと配置に付け」
「はい!」
めんどいので怒鳴る。
まあ、でも、俺はこういう空間が好きだし、こういう感じのこの船の乗員たちが好きだ。軍隊というのは階級社会だから階級年齢関係なくこうやって楽しく和やかな関係を築いている人たちは極わずかだろう。だからこそこの船も乗員も大切にしたい。
特に最近は清国とやりあうということで皆殺気立っている。陸軍の兵の中には戦いの激しさに人間性を失ったものや軍人として精神が生きていけなくなったものもいるという。海軍も例外ではなく、俺も黄海海戦で兵学校時代の同期を何人も失っていた。仲間を失ったらもう今までどうりには戻れないし戻ることもできなくなってしまう。だから、せめて、今、この笑いと笑顔があることを率直に感謝し、笑って起こっていられればそれでいいと思う。
時間だ。前方の艇が発光信号を発する。
「指揮艇より、第二艇隊に突撃命令」
この第二十二号型水雷艇は最高で24ノットがだせる。攻撃に参加している水雷艇の中では最速だ。
「機関最大船速!」
「へい」
もともと蒸気機関は始動させてある。単純にくべる石炭の量を増やすのだ。
ボォーーーーーーーーーーーーーー
威海衛に灯りは見受けられなかった。手前の北洋艦隊の艦の僅かな灯火があるのみだ。
ガガガッー
と、前方の第三艇隊のうちの一隻が水しぶきを上げ大きく船底を露わにしたと思うと、いきなりひっくり返った。防材のたぐいに乗り上げてしまったのだろう。先週の嵐や事前の撤去部隊の作業で取り除かれたのは一部にすぎなかったのか。他の艇も座礁或いは防材にぶつかり動けなくなっている。それでも何隻かは突破したようだ。
「当たるなよ...」
間もなく防材があると思われるところだ。22号艇が闇夜の海面を白熱灯で照らしながら進んでいく。幸いにも防材が無いところを通り抜けることができたようだ。
「ふう」
「危ないところでしたね」
北洋艦隊は目前だった。だが、まだ遠い。魚雷を必中させるには100mぐらいにまで近づかないと無理だ。特に夜間では命中精度が落ちる。
敵艦にちらほら明かりが灯り始め、敵兵が慌ただしく配置についているようだった。
「魚雷、1番及び2番、発射用意!」
俺は敵艦のうちの大型の一隻を目標に定めた。
「両発射管、準備よし!」
その時、悲劇は起った。いきなり機関が〝ボンッ〟と音を立てると動きを止めたのだ。
「何だ!」
「艇長、まずいぞ!、機関がいかれちまった」
甲板ハッチから機関長がすすだらけの顔を出してきた。
「直せるか!?」
「シャフトが曲がっちょるから変装が必要だがア半刻もあれば」
「5分で直せ」
「は!」
「魚雷発射はできるか?」
「問題ありません」
「じゃあ撃て」
「了解」
「1番、2番発射管、撃てぇ」
中心線上の2つの旋回魚雷発射管から36cm魚雷が飛び出す。海中を疾走したそれらはものの100m先の敵巡洋艦に激突、爆発した。巨大な水柱が立ち上がった後、一瞬で敵艦が松明のように燃え始めた。艦尾と艦首の47㎜単装軽速射砲も敵艦に向かって火を吹く。大型艦の合間にある小艇やカッターにも47㎜砲弾を叩き込んでいく。
「敵艦に命中確認、2本。大破確実!」
「「うぉぉぉぉ!よっしゃぁ!」」
「機関、直りました」
「よっし!機関全速」
まだ艦首固定発射管に1発魚雷が残っていた。近くに停泊している比較的大きめの甲鉄艦に狙いをさだめる。戦闘配置についた敵艦がちらほら砲撃を開始していた。砲撃が命中し、味方の艇が一隻、粉後に砕け散る。
「艦首発射管、撃て」
3発目も程なく命中、敵艦は致命傷にはなっていないが、それなりに戦闘力を奪えたはずだ。
役目はもう終えた、後は撤退するのみだが。何故かこんだけの大戦果を挙げたにもかかわらず、どこかやり残している気持ちが心の片隅にあった。
しばらく味方の救助も兼ねて艇を走らせていると湾の奥に大型艦が佇んでいるのがみえた。
「艇長、定遠級戦艦です!どうしますか?」
「どうするって言ったって...」
恐らく他の艦が邪魔をして魚雷が届くことが無かったのだろう。主力艦を取り逃がしていたか...。だがもう魚雷は使い果たした。豆鉄砲の主砲ではいくら撃ってもかすり傷にしかならないだろう。
その敵戦艦が発砲した。本当に運が良かったのか悪かったのか、その砲弾は22号艇の右舷後部甲板に直撃した。機関はやられなかったが砲手の日下部2等兵が肉塊に変わり果てていた。何か、心に引っかかっていたものが取れた気がした。
「...敵艦に殴り込む。日下部の
「はッ!」
武器はというと航海長が隠していた陸軍のダチからもらった村田単発銃が10丁あまり船倉にあり、軍刀やら日本刀やらスナイドル銃も何故かたくさんあった。本当なら軍規違反で斬首か絞首もいいところだが、今回は帳消しだ。ちなめに海軍軍刀は戦闘を想定していないので
ゴンッ
敵艦に艦首が激突する。そのまま艇を敵戦艦に並ばせる。先端に重しをつけたロープが甲板に向かって投げられ、ハシゴもかけられる。数分で全員が移乗した。
どうやら敵は移乗されたことに気づいていないようで接舷したすぐ近くにいた清国兵のみを短刀で
俺が率いる8人は甲板上の敵の制圧を行う。戦艦だから300人はいるはずだが、前の陸戦に相当数の乗員が陸戦隊として抽出されたので思ったよりも人はまばらだった。火器を運用している兵には背後から近づき、口を抑えて喉を掻き切る。鮮血が壁一面に撒かれる。まだ銃は使っていなかった。
「前部甲板の掃討完了しました」
「二名が反撃を受け負傷、敵は制圧しましたが声が漏れたかもしれません」
案の定、甲板中央のタラップから敵兵が続々と出てきていた。だがそこには水雷艇から持ってきた47㎜砲弾を数発設置してある。こっちが手榴弾を投げ、誘爆した。一〇名は下らないと思われた敵兵はそれで半数が死んだ、残りはこちらが村田銃で射撃、さらにもう数発、手榴弾を投げ込む。爆発で艦内にまで撤退した敵兵はそれで一掃された。数名が生きていたので軍刀でとどめを刺す。この騒動で艦付近の戦闘音でそれまで気づいていなかった兵達も何かが起きたことに感づき、そして口伝いに敵兵侵入の報が伝わる。だが、その報が艦長、そして北洋艦隊司令の
そして別働隊は艦内の敵を排除しつつ殺す前の敵兵から聞き出した司令室に向かう。清兵は机や椅子を配置して廊下にバリケードを築いている。だがこちらは手榴弾や47㎜砲弾がある。容赦なくバリケードとその背後の兵ごと艦内構造をぶち壊す。それは近くの部屋にいた丁汝昌もを吹き飛ばしてしまった。
指揮系統を失った乗組員達は完全に混乱状態に陥った。夜間だったため誤射も多発し、次々に同士討ちやステルス・キルで数を減らしていった。最後の一人が殺されるまでそうかからなかった。
「艇長、掃討完了しました!しっかし、だいぶ汚れましたね」
航海長の水兵服は血潮に染まっていた。艦内や甲板の至るところに脳髄や肉片がぶちまけられていた。こちらは5人が負傷しただけだった。
22号艇に戻った俺は待機させていた電信員に電信を打たせた。
「
これを受け取った連合艦隊旗艦『松島』は大変な騒ぎとなった。敵艦を鹵獲した武勲を挙げた兵達を見捨てるわけにもいかないので、水雷艇による第2陣攻撃を決定するとともに陸軍に砲撃支援要請を出した。
当の北洋艦隊は旗艦と司令官がいなくなったため士気が坂を下り落ちるように下がっていた。前進した陸軍の砲兵隊が射撃を開始すると、北洋艦隊の各艦は順次降伏していった。
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