第6話

12


腱を切った代官は倉庫の陰に隠れるように這って逃げていた。


「見つけましたよ」


俺の言葉を聞くと、その巨体を何とか小さくしようと縮こまりながら怯えた様子を見せた。


「ひ、ひぃ! や、やめてくれ!殺さないでくれ! そ、そうだ! 私を殺せば、お前は本当に帝国への反逆者だぞ! 私は皇帝から任命された代官だからな!」


こんな状況でも逆転の目を探しているらしい。


ここまででなければ生き残れないのかもしれない。


「帝国への反逆者ですか。あぁそうだ、どこに行ったかな」


龍は体をゴソゴソと探って目的のものを探した。


「あったあった」


懐から取り出したのは、任命されたあの日に皇帝から渡された紋章。


数百年に一度にしか相まみえないという天竜の形が刻まれているそれは、この国では一部の者たちしか使うことのできない紋章だった。


「この紋章が何か分かりますか?」


「これは皇帝の紋章…? そ、そんなバカな!」


「もちろん私は皇帝ではありませんよ。これは皇帝の代理人の証です。紹介が遅れましたね。私はこの度、監査機関『天網』の堕天空域巡察官に任命されました風乃龍といいます。あなたみたいな皇帝の威光を傘に来てやりすぎた人間を処分するために派遣されました。どうぞよろしくお願いします」


「天網…」


「あなたには職務怠慢、恐喝、詐欺、殺人、強姦、反社会勢力との交流、組織的な強盗行為、違法な武力所持、国家反逆罪などの嫌疑がかかっています。まぁ確定でしょうけれど。さて、ではどうしましょうか」


「助けてくれ!仕方なかったんだ! この場所ではあいつらと一緒に行動しなければ私自身が死んでしまう! 頼む!」


「今まであなたが殺してきた人にもその言い訳が通用すればいいんですけれどね。ああそうだ。そういえばこの町にはかつて名物料理があったそうですね」


「…名物?」


「とても美味しい名物ですよ。あなたも気に入ると思います」





次の日、代官の家の前には人だかりができていた。




彼らが見ているのは豚の丸焼き。


それが家の門の前に吊り下げられていた。


その脇には半分になったマフィアたちの体もあった。


それらの死体を見る目は恐怖や驚きもあったが皆喜んでいたようだった。


彼らが見る死体の横には何かが書かれていた。


『堕天空域に天の目あり』






鳥のさえずりが聞こえる。


爽やかな朝だ。


何か大事なことを行った後の清々しい朝であり、旅に出るにはふさわしい朝でもある。


「行ってしまうんですね」


名残惜しそうに見つめる風花。


引き止めたくても引き止められない。


そういう雰囲気を漂わせている。


「今回のことで分かりました。私は人々のために力を振るいたい人間なんだと。堕天空域には天に助けを求める人々がたくさんいます。その人たちのために私は力を使いたい」


腰にある剣を抜いた時俺は理解した。


人々を守りたい。


それこそが俺のやりたいことであった。


誰かに言われたからそうしているわけじゃない。


あくまで師匠と上司の言葉は、俺の背中を押したというだけ。


俺のやりたいことは俺の心の中にあった。


裏切りの騎士と呼ばれた自分だったが、自分の心だけは裏切れなかった。





「…わかりました。またいつか私の店に、食べに来てくださいね」


「必ず。 …ではまた」


「はい。また会いましょう」


「またね!」


風乃龍は一筋の雲を残し、晴れ渡る空の中まっすぐと突き進んで行った。


「よかったの? 引き止めなくて」


別れを済ませた姉妹の妹の風音が姉の風花に聞いた。


姉が惚れていたのはどう見ても明らかだったからだ。


聞かれた風花は笑顔で答えた。


「いいの。堕天空域には他にも救いを求めてる人はいるから。彼の心は私には大きすぎる」


「ふ~ん…ねぇ、あっちの方も大きかったの?」


「…!! なんで!!!」


「なんでって、あんだけど大きな声で」


「わー!!!!!」


逃げる風音を顔真っ赤にしながら追っかける風花。


彼女たちが営む料理店に新しい客が来るのはすぐのことだった。









「次の町はどんな町だろうね」


「ピィ」


「そうだね、いい人たちがいるといいね」


「ピッ」


風乃龍を乗せたバイクは進む。


暗雲を裂きながら、ただひたすらにまっすぐと。



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風乃龍は裏切らない ~追放された最強騎士、辺境空域で無双する。 サプライズ @Nyanta0619

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