第5話

10


「これを持っていけ」


上司は別れ際にぞんざいに物を2つ投げた。


それらを難なく掴んで、投げられたものをみる。


片方はわかる。巡察官の仕事を全うするために必要なものだ。


だがもう一つのこれは…。


「これは私のものではありませんよ。あなたのものだ」


受け取ったものからはなじみ深い感触が伝わった。


かつては師匠が持っていて、そして譲られたものだ。


だがこれは俺にはふさわしくない。俺のような人間が持っていいものじゃない。


そう言って返上したものだ。


「いやそれは君のものだ。君こそがふさわしい。君以外にその剣を握るものを認めない。もし受け取らなかったら僕は君を恨むよ」


この人に恨まれたらこの国では生きていけないだろう。


「こんな剣をもらっても使いませんよ」


もらっても使わなければ問題ない。そうすればただのガラクタだ。


「いいや使うさ。君は私の期待に応えるからね」


自信ありげな表情を浮かべる上司。


非常に憎たらしい。


「…どうですかね。私は裏切りの騎士ですから」


「君は裏切らないさ。君は私の期待を今まで一度も裏切ったことがない」


「ではこれが最初で最後の裏切りになるでしょう。さようなら」


踵を返して扉へと向かった。


「皇帝陛下」





11




腰に刺した剣の柄を握る。


武器を手にしたことによって交渉決裂と判断したのか、代官は愚か者を見る目で鼻で笑い、マフィアのトップは部下たちに指示を出した。


風音が俺の後ろに隠れる。


『民草のために力を使え』


『君は私の期待を裏切ったことなど一度もない』


自分に力を与えた人たちの言葉が心に浮かぶ。


「結局、裏切れなかったな」





そして風乃龍は剣を引き抜いた。


今まで重みを感じていたその剣は、一度引き抜くと途端に軽くなった。


それもそのはず、引き抜かれた剣、その中身は何もなかった。


刀身があるはずの場所には何もなくただの柄のみ。


彼が握っていたのは、まごうことなき『空の剣』だった。


何もない空の剣を見て、マフィアたちはあっけに取られ、一斉に大笑いした。


アジトの中に笑い声が充満する。


「ぶわっはっは!」


「なんだその剣は! 『見栄っ張りの剣』じゃねえか!」


「あんだけかっこよく登場してもったい付けやがってよ! こいつは『裏切られた』ぜ!」


「ハッハッハ!」


代官とマフィアのトップも笑いながら言う。


「私に仕えればちゃんとした剣が買えますよ。そんな見栄っ張りの剣じゃなくてね」


「ハハッ。中身のねえやつは大変だな! 見栄だけはいっちょ前で何にも守れねえ! そんな料理の役にも立たねえ剣で一体何を切るんだよ!」


姉妹二人が心配そうな目で俺を見ている。


「2人とも、俺がいいと言うまで目を閉じていて」


2人とも俺の言葉を素直に聞いて、目をグッと閉じた。


2人はどうやら俺を信じたようだ。


「確かに自分がボコられる姿は見られたくないわな!」


「ハッハッハ!」


そのうち1人のマフィアが無造作に俺の元に近づいてきた。


「おらおら! 何か言ってみろよ!」


そんな彼に剣を軽くふるう。


「?」


「確かに」


俺は抜いた剣を鞘に納めた。


「料理をすることには、不向きかもしれない」


男の体が斜めにずれて、上半身が前に、下半身が後ろに倒れた。


ドサリと鈍い音がする。


「…」


笑い声で満ち溢れていた倉庫の中は、一瞬で沈黙していた。


あるのは静寂、驚愕、そして恐怖。


半分に割れた胴体から血がドクドクと静かに流れていく。


何が起きたのか誰も理解できなかった。


「や」


マフィアのトップが絞り出すように声を出した。


「やっちまえ、おまえら!」


恐怖で止まっていたマフィアの構成員が、一斉に動き出す。


所持していた武器を構え、恐怖を打ち消すかのように殺しにかかった。


殺意むき出しで動く彼らに対して、俺はその場から一歩も動かなかった。


ただ剣を振るう。


無心になって機械的に処理していく。


一つ振るえば1人死に、二つ振るえば2人死ぬ。


空の剣から放たれる斬撃、それはまさにかまいたちであり、その切れ味は空気を裂くように簡単に体を引き裂いた。


どれだけ距離があろうともその剣域から逃れることはできなかった。


近づくものも距離を取ろうとするものも、彼が一振りすれば次から次へと切られていく。


「がっ!」


「やめ!」


辞世の句を一言述べて切られていくマフィアたち。


中には魔法を使えるものもいたが、発動の気配を察知した龍によってその腕が切られ、次には胴体が泣き別れしていた。


倉庫の中にマフィアの死体が次から次へと生まれていく。


「な、何なんだよその剣は! 『裏切りの剣』じゃねえのかよ!」


「見ての通り、ただの『空の剣』だよ」


確かに彼らの期待は裏切ってしまったかもしれないな。


「そんなわけねえだろ! おい! あいつを連れてこい!」


「街中ですよ!」


悲鳴を上げるかのように命令するマフィアのトップ。その命令を止めようとする代官。


「そんなこと言ってるぶ! 」


彼の首がポーンと飛び、そして胴体も半分に分かれた。


それが彼の最後の言葉だった。


「ひっ、ひぃぃぃ!!」


目の前で切られたマフィアのトップに驚き、情けない声を上げながら腰を抜かして一歩でも俺から距離を取ろうとする代官。


その腱を切る。


「あが!」


その後も剣を振るい続けて、死体を次から次へと生み出していく。


そして倉庫の中に立つものは誰もいなくなった。


あらかた片付くと、代官に近づいて首根っこを取ろうとする。


が、その時隣の倉庫から轟音が鳴り響いた。


俺がこのアジトに来た時以上の音。


その後ドスンドスンと地響きを作りながら、巨大な生物が練り歩く音がした。


「こ、こっちだ!あいつぅ」


その化け物を連れていた男自身が化け物に食べられた。


バキバキとその化け物の口の中で骨が折れる音が響きわたり、その口から血が漏れた。


「グランドドラゴンか」


普通の民家ほどの巨体を持ち、硬い鱗を持つ竜。


そしてその巨体に見合った羽で倉庫にある物品を粉砕していた。


だがその様子がおかしい。


「薬物漬けにしていたのか」


目の焦点があっておらず、普段は温厚な性格を持つグランドドラゴンの顔からは血とよだれがずっと流れ続けており、身体全身も傷だらけだった。


「ここまで来たらもう助からないな」


こいつに罪はないが、ここで切ることが救いだろう。


本来ならばグランドドラゴンとは50人100人規模で討伐するような相手だ。


だがこの剣があれば問題はない。


覚悟を決めて剣を振るうが、うろこに軽く傷がついたというだけで巨体には大した傷にはなっていない。


人間でいえば針に刺された程度だろう。


「さすが準最強種のドラゴン、中毒漬けとはいえその体の硬さは健在だ。外に連れ出そう」


軽く剣を何回か振って、相手の鱗をわずかに傷つけて気をこちらにそらしつつ、外へと連れ出す。


「おっと」


俺の攻撃に対抗しているのか、魔法を放ってきた。


ドラゴンの巨体の横や上部から土のトゲがいくつも出てきて、まっすぐにこちらへ飛ぶか


その体の脇谷上部から土のとげがいくつも出てきて、まっすぐにこちらへと向かう。


「ピィ!」


「危ないから外に出ちゃダメだよ」


「ピッ!」


攻撃をよけると今度は魔法発動の気配が俺のすぐ下から来た。


「ふっ」


後ろに跳躍して避けると、俺がいた場所には巨大なトゲが伸びていた。


突き刺されば一撃で死んでしまう威力だ。


倉庫の外に出ると、ドラゴンの攻撃を避けつつ風をまとって上空へ飛んだ。


俺についてくるようにグランドドラゴンも飛翔する。


竜の飛翔は最初はゆっくりだが、1つ羽ばたくごとに加速していく。


次第に俺よりも早くなっていく。


ボロボロの体を空中にこぼしながら突撃してきて、俺に噛みつこうとする。


1回目は余裕だった。


回避する際に、先ほどよりも力を込めた剣を振るって傷をつける。


一方で攻撃を避けられたグランドドラゴンは大きくぐるりと回って、次の突撃のためにさらに羽ばたいて加速する。


2回目の突撃は、先ほどの数倍は早かった。


「くっ」


避ける際に体の横に出していた土の槍にわずかにかすって負傷する。


あの巨大での突撃はシンプルながら確かな被害をもたらす。


次は避けられるかどうかわからない。


「全力で振るうしかないな」


覚悟を決めて、『空の剣』を両手で握り、空の台座に突き刺した。


途端に上空を覆っていた雲から雷鳴が響き渡り、風が加速し、歓喜の音を鳴る。


空の王の登場に、皆喜んでいた。


空の中心が、風乃龍となる。






『空の剣』


かつて群雄割拠入り乱れる中央の空を一代で統一した帝国初代皇帝が持っていた剣。


その剣域は無限であり、その太刀筋を逃れられぬものはなし。


空の下では所有者に無限の力をもたらし、その剣に勝てるものは誰もいなかったという。


中央で空の剣といえば最強の称号であった。


そんな逸話があるものだから、ただの模造品や偽物が増えた。


最初は人々は冗談でそれらを持っていたが、やがて本気で持つものが現れ始めた。


当然そんな模造品や偽物では剣として機能せず何も切れない。


見かけ倒し、見栄っ張り、裏切り。


本物のこと知らない辺境に行けば行くほど、最強の称号はやぶ医者のように見かけ倒しの称号となっていった。


もちろん彼が持つ剣は見かけ倒しではない。





大気が集まり、空が集約、やがて暴風の目となる。


周囲に立てるものはおらず、グランドドラゴンも制御を失い速度が落ちてふらふらと飛んでいた。


その中でただ一人、優雅に空を漂う。


かつて最強の称号を持ったその剣のいわれが、今、天に見放されし堕天空域に現れる。


「断空」


一振り。


それでグランドドラゴンの体は左右に分かれた。


曇りばかりのだった堕天空域の空に、星空が見え始めた。

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