第4話

8


食事が終わると、俺は帰ることにした。


「帰っちゃうんだ。泊まっていけばいいのに」


「いやいや何を言ってるんですか。荷物やバイクもありますし宿に帰りますよ」


「そうなんだ。どこの宿に泊まってるの? ここら辺の宿だと治安悪いよ?」


「? 中央通りにあった赤い看板の宿ですよ。 名前は確か…」


「あー! あの宿ね! いい宿だよね!」


「? ええそうですね」


確かにここら辺だったらいい宿だったかもしれない。


「じゃあまたね!」


「今回はありがとうございました」

 

「お気になさらず。したいことをしただけですよ」


別れ際、姉妹は寂しそうな表情を見せていた。






一度宿に戻って荷物とバイクが盗まれていないか確認しベッドで横になった。


その隣でベリルがふわふわと浮かんでいて、構って欲しそうにしていた。


俺は指先からろうそくのような火を出して操りながら猫じゃらしのようにベリルを右へ左へと動かす。


「最後の表情が気になるな…」


寂しそうな二人の目。


2人は何を思っていたのかなど明らかだった。


あのままあそこに行くというのも十分に選択肢としてはあった。


だが裏切りの騎士に何を望むというのか。


『見栄えはいいがいざという時には頼りない裏切りの剣』


それが自分だ。


やがて倒れるもののくせに誰かの支えになろうとするなんて、それこそおこがましいことだろ。


…だから仕方がないさ、これは正しい行いなんだ。


そう思っても心の中にはもやもやがあった。


俺はその心の中のつっかえを見ないために、街の現状についてもう少し詳しく調べることにした。





市場以外にも様々な場所を訪れて、町の人たちに軽く話を聞いて回るとこの町の現状は予想通りひどいものだった。


麻薬製造、窃盗、人身売買。


ここら辺は当たり前にありふれていて罪だと思っている人すら少なかった。


それに代官だ。


彼もマフィアと一緒になって様々な悪事を働いている。


商人や地元の人たちなど敵対するものに対してはマフィアと一緒になって恐喝したり、空賊行為を行っているらしい。


だから誰も逆らえない。


ちなみに俺が昼にぶっ飛ばした奴らもその可能性は高かった。


にしては弱かったような気がするが。


おそらく末端も末端だったんだろうな。


ただあまりにも情報が集まりやすかったために、町の人たちにここまでおしゃべりで大丈夫かと聞いたらみんな知ってるから大丈夫と言っていた。


それに代官は民草が愚痴を言ったところでどうせ何もできないということを理解しているらしい。


天に見放された地、か。


「…」


動くか?


いや、動いて何になる。


情報だってまだまだ足りないし、全部噂話の範疇を超えない。


ここまで腐っていたら確たる証拠を集める必要性など低いのかもしれないが、だからと言って現行犯でない限りはむやみに剣を振るっていいわけがない。


そもそも俺にそんな資格など…。


空は相変わらず曇り空で、太陽は日の光をわずかにさすばかりだった。








時刻が夕方に差し掛かる頃に宿に戻ると、ちょうど風音が宿に来ていた。


受付の人に俺がいるかを聞いているようだった。


「お兄さんいた!」


「どうしたの?」


風音は切羽詰まった様子で息を切らしていた。


「お姉ちゃんがさらわれちゃった!」


「何だって?! さらわれたってどういうこと?!」


「その…」


風音は言いづらそうな表情をしていたが、決心したかのように言った。


「もともとあそこのお店の場所を狙っている人たちがいて、店を譲るようにって言ってたの! お姉ちゃんが家族の思い出だからってずっと断ってたんだけど、ここ最近になって嫌がらせをし始めるようになって…」


「嫌がらせ…。ひょっとして昼間に襲われたのも?」


風音は頷いた。


「なぜ…」


その事情を言わなかったんだとは続けられなかった。


今思えばずっと訴えかけていたんだ。


家にいて欲しいと言ったこと、別れるように見せたあの表情、助けを求めたくてこらえていた表情だったんだ。


「連れ去られた場所に心当たりはある?」


「…うん。多分あいつらのアジトだと思う」


「案内できる?」


「あっち! きゃ!」


風音を前に抱えて一足で街の建物の屋上に登り、言われた方角へ風を切りながら一直線に進む。


「すごい…」


規格外の動きに風音は驚愕していた。


「ピィピィ!」


風を受けて進むのが楽しいのかベリルが顔を出して声を上げた。


「ごめんね。巻き込んじゃって」


風音が申し訳なさそうな表情で言った。


「…気にしないで、やりたいことやってるってだけだから」


「あの店でも頼れる人たちはいたんだけれど、みんなもう寄り付かなくなっちゃったんだ。お店にお客さんも来なくなっちゃったし」


嫌がらせを受けてか。


姉妹以外に頼る先はもうなくなってしまったわけだ。


もっと早くに行動を起こしていれば、こんなことは起きなかった?


「…」


人を助けるために力を使え、か…。


風乃龍が、曇り空の中泳ぐように走っていく。


9


「手間取らせやがって。あんな小さな場所のためにどれだけ時間を割いたんだか。こっちが下手に出ているうちに頷いときゃは良かったものを」


街の喧騒から外れた場所にある倉庫街。


その地域を仕切っていたマフィアたちのアジトがそこにあった。


その場所一帯の倉庫にはマフィアの施設が多数あり、麻薬を製造していたり魔物を管理していたりなどでマフィアの構成員が多数集めていていた。


そしてその管理しているものの中に、風花がいた。


彼女を忌々しそうに見つめながら、マフィアのトップが鬱陶しそうに愚痴を吐いた。


「まぁ、その苦労も今日でおしまいですよ。もうあの土地に住む人は誰もいないんですから」


そのトップと会話していたのが雰囲気がまた違う人物だった。


その服装だけを見れば貴族か何かだと思うだろうが、その巨大な後ろ姿だけを見ればとある動物を連想させた。


「妹の方がまだ見つかってないけどな」


「それも時間の問題でしょう。彼女たちには頼る人はおらず帰れる場所もあの場所しかないんですから。あぁ、むしろ姉の方に聞いてみるといいかもしれません。体の方にね」


下卑た笑みを浮かべる。


「ヘヘッ、そりゃいい。じゃあそうさせてもらうわ」


会話を聞いていた風花の方は涙目になりながら懇願した。


「や、やめて! やめてください!」


「ヘヘッ。恨むならちっぽけな思い出を守ろうとした過去の自分を恨むんだな」


「助けて!誰が助けて!」


その声に周囲のマフィアたちは笑い声をあげた。


「ハハッ! ここは堕天空域の入口の街だ! こんな場所に人を助けようなんてけったくそ悪いやつは堕ちてこねえよ!」


ドゴゴゴッ!!!!


アジト全体を揺らす地響きのような爆音が鳴り響いた。


「なんだ!」


アジトの倉庫の一角がぶち破られていて、土煙が舞い上がっていた。


「けほっ、けほっ、お兄さん見かけによらす意外と大胆だね」


「男はいざという時には大胆になるものなんだよ。むしろ大胆にならないといけないんだ」


「あ、お姉ちゃん! あ…」


姉の周りには多数のマフィア、そして気づけば倉庫の他の場所からも先ほどの音を聞きつけた構成員がぞろぞろとやってきて総勢100人以上はいそうだった。


「こんなにも…」


「まあそっちの方は大丈夫だよ。それよりも風花さん、お怪我はないですか?」


「は、はい!」


聞かれた風花は嬉しそうに声を上げた。


よかった、無事なようだ。


「すぐに助けますからね」


「てめぇ、ここがどこの誰の場所なのか分かっているのか。余裕がこいてんじゃねえぞおい」


マフィアのトップが自分たちを放っておいて余裕の表情を浮かべる龍に対して苛立ちを見せた。


「おかしら! あいつです! 俺たちをやったやつは!」


昼前にぶっ飛ばしたチンピラの1人が今度はトップに吹き飛ばされた。


「うるせぇ! 負けたことを大声で言うんじゃねえ! ふん! 多少強かろうがこの人数相手に勝てるわけがねぇ、お前ら!」


「お待ちください」


「あん?」


やる気を見せたマフィアのトップに対して、それを止める貴族風の男。


「ここは私に任せてください」


「…ふん!」


マフィアのトップは貴族風の男には逆らわないのか、素直に下がった。


「そこの男、あなたは多少腕に覚えがあるようだ。ひょっとしたら名のある冒険者か何かでしょうか。だったらこちら側につきませんか?」


「…こちら側?」


「何を隠そう、私はこの街の代官です。つまりはこの街を治めるものであり、皇帝の意向を代弁するもの、それが私です。あなたがこちら側につけば今以上に稼げるでしょうし、騎士の道だって開けるかもしれません。女にだって困ることはありませんよ。逆にここで私に反すれば、あなたは皇帝の意向に逆らう反逆者だ。確実に処刑です。どうですか? こちら側につきませんか」


「…代官」


妹が不安そうに俺を見て、袖を握っていた手を離した。


普通の人間になったらどちらにつくからって明らかだから。


「代官、ね」


俺は腰に刺した剣を見た。


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