第3話

7


「へえ。お店をやってるんですね」


彼女たちは名前は姉の方が【風花】、妹の方は【風音】と言った。


あの後謝罪して、風花の方にお礼をすると言われ連れて行かれたのは姉妹で経営しているという料理屋だった。


長い歴史を感じさせる料理屋で、かつては人も多く入っていたのだろうというのを感じた。


「そうなんですよ。祖父の代からずっとやってまして、今お食事作りますね!」


「悪いですね。ありがとうございます」


「お構いなく!」


そう言って厨房の中に入って行った。


「お姉ちゃんの料理美味しいんだよ!」


「それは楽しみだ。この店でずっと2人で?」


「そうなの! …数年前にお父さんが死んじゃってね。それからずっと二人でなんとかやってる」


「それは…大変でしたね」


「う、ううん! そんなことないよ!」


母親については聞かなかった。


少々気まずい雰囲気が流れたと感じたのか、風音が別の話題を出した。


「そういえばその龍、綺麗な龍だね。撫でてもいい?」


実際気になるらしく、興味津々の目をしていた。


「どうかな。いいかい?」


「ピィ」


俺が聞くと了承の返事をした。


「わー賢い! つるつるだ!」


「ピッピィ!」


了承聞くと同時に触ると、ベリルは嬉しそうに身をよじった。


長年の友みたいな雰囲気だ。


…こいつひょっとして誰にでもなつくのか? ひょっとして俺を裏切るのか?


わずかに目が昏くなる。


できたばかりの相棒に小さな嫉妬をしていると、風音は俺の腰に目を向けていた。


「ねえねえ騎士様、その剣って見せてもらうことできる?」


「この剣かい?」


「そうそう、騎士様の剣を一度見てみたかったんだ」


「うーん、ごめんね。この剣は見せられないんだ」


この剣は見せても面白いことなど何もないからな。


「えー、怪しいなぁ。ひょっとしてその剣って空の剣なの?」


「!!! なんでわかったの?!」


驚きのあまり飲んでいたお水をこぼしてしまった。


ひょっとして、情報が漏れてる?


いやいやいやいや、そんなわけないでしょ。


「ええ、本当にそうなんだ。意外」


「…その、このことは黙っててもらえる? 内緒にしているんだ」


この剣を俺が持っているということは、あまり表に出したくない。


下手に狙われるのは避けたいのだ。


「うんうん、いいよいいよ。命の恩人だしね。しかし意外だなぁ。騎士様ってお金持ちかと思ってたけれど、案外世知辛いんだね」


「そうだね…。 どういうこと?」


思わず頷いたが、話が噛み合っていない気がする。


「あれ、見栄を張るためにその剣を下げてるんじゃないの?」


「…?」


「お待たせしました! 天使子豚の丸焼きです!」


机の上にどんと子豚の丸焼きが乗せられた。


その存在感と共に旨そうな肉の匂いが部屋いっぱいに漂う。


丸焼きの周囲には香ばしい匂いを漂わせる野菜が置かれていた。


「これはすごい」


「お姉ちゃん奮発したねぇ」


「ふふーん。かつてあったこの街の名物なんですよ!」


どうだと言わんばかりに満足げな表情を見せた。


ボリューミーで食欲をそそり非常に美味しそうだ。


だが、さすがにこれを一人で食べきることは明らかにできない。


ひょっとして食事は残した方がいい文化なんだろうか。分からないので素直に提案することにした。


「さすがにこれを1人では食べきれないので、みんなで食べませんか」


「い、いえ、これはお礼ですので!」


「やった!ありがとう!実は食べたかったんだよね」


「こら!」


風花は遠慮するが、風音は遠慮なく手をつけ始めた。


「お姉さんも一緒にどうです? みんなで食べた方が美味しくなりますので」


「そ、そうですか? ではいただきます」


「やっぱお姉ちゃんも食べたかったんじゃん」


そう言うと風花の顔は真っ赤になった。




美味しい豚の丸焼きに舌鼓を打っていると、先ほど気になったことを聞くことにした。


「そういえばこちらで空の剣ってどういう意味なんです?」


「空の剣ですか?」


「ええ」


「空の剣はそのままの意味で刀身が何もない剣のことです。冒険者や騎士を目指しているけれど、お金がなくてそれでも見栄を張りたいという人が腰に下げているという『見栄っ張りの剣』とか言われてます。また見栄えはいいけれど、いざという時には中身がないので頼りなく裏切られるという意味から『裏切りの剣』とも呼ばれています」


「裏切りの剣…」


なるほど、こちらではそういう風に使われてるのか。


それで見せられないから空の剣じゃないのかってことね。


それにしても裏切りの剣か…。


「お、お姉ちゃん」


「え?」


妹は俺の腰の剣を指さした。


それで察したようだ。


「あ、すみません! 別に龍さんが頼りないとかそういう意味じゃないですから! めちゃくちゃ頼りになりますから! 裏切りの剣じゃありませんから!」


「いやいい名前です。 私にぴったりだ」


「え…!」


「お姉ちゃん必死になって否定しちゃって。ひょっとして騎士様に惚れちゃったの?」


「ば、馬鹿! そういうんじゃないから!」


からかう重ねからの風音を、顔を真っ赤にさせながら否定する風花。


「あの先程から気になったんですが、私は騎士ではありませんよ」


「え! そうなの? 違うんだ」


「はい。つい先日クビになりましたので」


代わりに別の仕事についたけれど。


「え! そうなんだ! それで失意の果てにこんな果てまで堕ちちゃって…。 じゃあもうここにいなよ! お兄さんかっこいいし強いし大歓迎だよ! ねえ、お姉ちゃん!」


「は、はい! 一緒に料理作りましょう!」


姉の方が手にグッと力を込めてこちらを見た。


2人とも期待を込めた目でこちらを見ている。


ここにいるか。


居場所がなく空っぽの俺には魅力的な提案に思えた。


国のために動こうという気もなく、今の仕事にやる気もない。


料理屋の未来もいいのかもな。


『国のためではなく、民草のために力を振るえ』


「…!」


…俺は裏切った。


裏切り者なんだ。


ここもまた裏切るかもしれない。


「すみません。クビになった代わりに堕天空域の各地を回らなくてはいけなくなりまして、ここも旅の途中なのです」


「…そっかぁ。ちょっと残念」


「この空域を回るのですか、大変ですね」


2人は期待していたのか、断られてしょんぼりした表情を見せた。


そのまま再び食事をとる。


「…ねえ」


「ん?」


「ひょっとして騎士様ってあっちの方も空の剣なの?」


あっち…?


一瞬分からなかったがすぐに理解して咳き込んだ。


「ぶほっ! ちゃんとありますから! いざという時には大きくなりますから! …あ」


「…」


「…」


妹の風音は顔を赤くしながらニヤニヤし、姉の風花は俺の腰を見て顔を赤くし視線をそらした。


「お姉ちゃん良かったね、いざという時には大きくなるんだって」


「こら!」


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