第1話 3日以内にテロを防げ (全11エピソード)

不穏な案件 (8月29日9:00~8月30日7:30)

――20XX年8月29日 9時00分 警視庁 阿久津の執務室


「――ああ。そうだ。……わかった。そのように。では。」


阿久津あくつはとある人物と通話していた。


コンコンコン。


「公安天道てんどう、特捜渦雷からいです。」


電話を切るとすぐ、入出許可を求めるノックと相手の声が響いた。

朝一で部下を呼び出していたことを思い出し、入室の許可を出す。


「入れ。」


その声を受けて、2人の男が入室してきた。


「失礼致します。」


まず、室内に入ってきたのは天道てんどうだ。

天道は警視庁公安部に所属している。

阿久津の直属の部下でもあるが、特殊捜査本部の班の上司も兼任しているエリートだ。

受け持つ班は、渦雷からいがリーダーを務める、1課2係7班である。

元特殊部隊員とあってガタイが良い。

黒に近い焦げ茶色の髪と同色のツリ目ぎみの瞳、斜めに分けた前髪が印象的だ。

パッと見、胡散臭い見た目をしている。

クールビズの期間だが、天道はネクタイを締めていた。

阿久津が朝一でお使いを頼んでいたので、その影響だろう。


続いて入室したのは渦雷からいだ。

渦雷は半袖の制服の上に黒のニットベストを着用している。

第一ボタンを開け、ネクタイはゆるめに結んでいる。利便性の為、ネクタイはベストの外側に出してネクタイピンで大剣と小剣を留めていた。

渦雷はこれから起こることを想像し、浮かない顔をしていた。


阿久津は2人を見据える。

阿久津はしばしば天道を呼び出すが、時々渦雷からいも一緒に呼ぶ。

今日は部下としてではなく、特殊捜査本部で班を持っている天道に話があった。


「天道、今回も君の班は大活躍だったようだね。お疲れさん。」

「ありがとうございます。」

「いい加減、班のリーダーを霧島きりしま君に変えてみたらどうかね。彼には荷が重いだろう?」

「……」


渦雷からいは答えない。


「…渦雷はちゃんと頑張っていますよ。東雲しののめ…ヴォイドの件もあります。今のままでいいかと。」


因みに、1課2係7班のリーダーを渦雷からいに決めたのは天道てんどうである。

天道は渦雷の実力を認めているが、阿久津の直属の部下なので、強く言えない様子だ。


天道の回答を受け、阿久津は露骨に嫌な顔をする。


「…そうか。早速だが次の仕事だ。ああ、君はもう帰っていいよ。お疲れ様。」

「…。」

「…渦雷からい。外で待っとき。」


天道は上司と会話する時は標準語だが、その他は京都弁を喋る。

天道に促され、渦雷は無言で退室する。


阿久津が渦雷からいに話しかけることは無い。

阿久津に呼ばれて天道に同行しても、まるで居ないかのように扱われる。

渦雷が1課2係7班のリーダーをやっていることが気に入らないから、このように天道を経由して遠回しに攻撃をしてくるのだ。

このやり取りはいつもの事で、要は嫌がらせである。


渦雷からいが退室する。

ドアが閉まる音がした後、一呼吸おいてから阿久津が口を開く。


「天道、1課2係7班(君の受け持つ班)にテロリストの特定とテロの阻止を任せたい」



――それなら渦雷を退室させんなやボケ。



天道は喉元まで浮かんだ言葉を飲み込んだ。




――20XX年8月29日 10時30分 青少年特殊捜査本部 1課2係7班オフィス


テロの急増に伴い、危機感を持った警察、自衛隊などの上層部が作り上げた組織がある。

その名は、青少年特殊捜査本部。

八咫烏をモチーフとしたエンブレムから、カラスと呼ばれることもある組織だ。

何かに秀でた能力を持つ青少年が集められ、基本的には14歳以下が訓練生、15歳以上が現場に配属される。配属先の課ごと係ごとに特色の基準が異なっている。

1課は実働部門で、その中の2係は高IQ保持者で構成されている。


1課2係の各班に回ってくる案件は、難解なものが多い。

だが、今回の案件は最初からおかしなものだった。




「はいはーい!と、言うわけで休む間もなく次のお仕事やで。気張っていきまひょ。」



1課2係7班に与えられている部屋に返ってくるや否や、天道てんどうは満面の笑みで班員に仕事内容を伝えた。

だが、班員はというと、全員が天道にシラけた目を向けている。


班のサブリーダーである霧島きりしまが、開口一番、怒りと不満をぶつける。


「あ゛?デモンストレーションが明日で本番が今日を含めて3日後?しかもそれ以外情報なし?ふざけてんのかよ!」


霧島は半袖の制服を着用し、ベストは着用していない。制服のすそを外に出していた。ボタンもネクタイもきちんと上まで締めており、大剣と小剣をネクタイピンで留めている。


怒って当然だった。

ほとんど情報がない状態から3日以内でテロを防ぐという、無茶苦茶な案件を回されたのだ。

高IQ保持者のいる1課2係に回されているとはいえ、IQでどうにかなる問題ではない。

情報が無ければ、テロリストの逮捕も捜査に動くことも出来ない。

これはもう怒りしかないだろう。


嵐山あらしやまは不快感を露わにした。


「公安がやればいいじゃない。何故1課2係7班ウチがやるのよ。」


嵐山はミルクティー色のロングヘアを右サイド下部で三つ編みにしてまとめている。スラっとしていてスタイルの良い、たれ目と右の目元にあるほくろが特徴的な25歳の女性だ。

第一ボタンは外している。女性の制服は2種類あるが、スカーフと膝上丈のタイトスカート風のキュロットタイプの制服を着用している。ネクタイピンを結び目の代わりに使い、スカーフを留めている。


嵐山の問いに対し、天道は飄々とした様子で答えた。


「アチラさんは今回サポートや。」


公安から降りてきた緊急の仕事で、なぜ公安がサポートに回るのか。

そもそもこんなに情報が開示されないのもおかしい。

というか、テロの決行日が解っているなら、テロリストの候補もついているはずである。


捜査するのであれば、ある程度の情報開示が必須。

――わざと失敗させ、その責任を押し付けられる未来しか見えない。


晴野はれのは嫌な予感がしつつも、天道に質問を投げかけてみる。


「因みに情報元は?」


晴野は薄めの茶髪のボブヘアー。独特な猫のヘアピンを右サイドにつけている、19歳の女性だ。一般的な顔立ちをしていた。

基本的にはオペレーターとして活動しているが、逮捕などで人数が欲しい場合は、晴野は外で行動し、東雲しののめがオペレーターに入り、指示を飛ばしている。

ちなみに、オペレーター時の「本日はXXなり」は、誰がオペレーターかを表す符牒である。

元々は情報班員としての活動予定だったため、データの解析などの簡単な情報捜査はできるらしいが、情報捜査は東雲が担当しているため実力は不明だ。

晴野はれの嵐山あらしやまと同じくスカーフとタイトスカート風のキュロットタイプの制服を着用し、ネクタイピンはスカーフの端の方に付けていた。


「秘匿されとるよ」


この質問にも、天道は飄々とした様子で答えた。


「…本当に仕事頼む気、ありますの?」


死んだ目で雨宮あまみやが言葉を返す。

雨宮は黒髪のツインテールで、サイドは2段の姫カットになっている。釣り目気味の大きな目が印象的な、和風美少女。

16歳の女子高生で、有名私立の女子校に通っている、正真正銘のお嬢様だ。

6ボックスプリーツスカートの制服を着用しており、ネクタイをリボン結びにし、ネクタイの大剣側にネクタイピンを付けている。



――公安部天道サイドは情報を明かす気が無いときた。



わざとテロを起こさせようとしているようにしか思えない展開に、班員は頭を抱えた。



《無理ゲー通り越して超クソゲー。組織と見せかけて、無所属単独テロリストローンオフェンダーだったら超最悪なんだけど。》


東雲しののめが独り言のように呟く。

2冊の本が積まれた上に置かれている、丸々とした眼球の様なスピーカー機能付きのカメラから、彼の声が室内に響いた。



東雲は、青と紫を混ぜたような色の髪のショートヘアー。寝ぐせや元々のくせ毛のせいでボサボサに見える。目元にはいつも濃いめのクマがある、引きこもりの15歳の男子だ。

彼は班の情報班員である。リサーチからハッキング、クラッキング、システム構築まで幅広く行うことができる。情報捜査部門である3課に欲しがられている人材だが、色々あってリーダーである渦雷からい自分の班1課2係7班に引き抜いた。

班の資料室の半分を自室に改装し、そこで生活している。班でのやり取りは、ミーティングルームや液晶上部に設置されたカメラから音声・映像を通して行っている。この対応は、彼がこの班に所属する条件でもあった。

青色のTシャツの上に制服シャツを羽織り、制服のズボンを履くという恰好だ。ネクタイはかなり緩く締めている。


「せめて情報開示はして頂けないのでしょうか?」


雪平ゆきひらは遠慮がちに発言した。

雪平は薄めの茶髪のショートヘア。穏やかな顔立ちの、22歳の男性だ。

第一ボタンを締め、制服のベストを着用している。ネクタイはベストの外側に出し、大剣と小剣をネクタイピンで留めている。


天道てんどうはこれにも飄々とした様子で答えた。


「秘匿せんといけんのんやろ…知らんけど。」


班の結果は、人事から見て天道の評価対象でもある。

だが、何度聞いても事件の詳細が降りてこない。

自分の受け持つ班の事なのに、もはや他人事である。



――状況がおかしすぎる。



この状況には、班のリーダーとして黙っておくことは出来なかった。

渦雷からいは天道に圧をかける。


「天道さん、いくら何でも無理です。信頼すらされていないようですし、断らせてください。」

「強制依頼や。上がやれ言うたらやるんや。」


天道はこれが社会だと言わんばかりに、渦雷からいに圧をかけ返した。


「それならもっと情報をください。こうしている間にもテロの準備は進んでいます。天道さんは公安部です。公安の役目はテロを防ぐのが仕事だと、わかっていますよね。」

「…分かり次第、情報は下ろしてもらえるよう頼んどる。せやから、とりあえず動き始めて。」


「…………。」

――またこの男やりやがったな。

この対応に、全員が不快感を示した。

天道は度々今日の様な対応をするのだが、今回は一段と酷い。



どう捜査しろと?

天道を辞めさせたところで、新しく上に着く人が更にまともでないことは、わかりきっていた。

だが、このような対応よりはマシになるのだろうか?



――今回の仕事が終わったタイミングで、今までの分全て人事に訴えて上司の追放リコールするか。




ピリピリした空気が漂う空間で、先陣を切ったのは東雲しののめだった。


《死にゲ―、無理ゲー、はいクソゲー…。……あー…とりあえず調べてみたよ。うーん、まとまりがない。》


東雲しののめは、調べた内容を各班員のタブレットに転送した。

手元のタブレットのメッセージ着信音が鳴る。

班員は、チャットアプリの会議ルームを開いた。


書かれていたのは、8月31日に起こった出来事や、その日を象徴とする物事一覧だった。


〔大坂の陣のきっかけとなった方広寺鐘銘事件の日、

野菜の日、

切り裂きジャックの被害者の1人の発見日、

マレーシア、キルギス、トリニダード・トバゴの独立記念日、

誕生花は白詰草クローバー。〕


「野菜の日…語呂合わせ……ヴィーガン?」

「僕だったら皮肉で11月29日いい肉の日を狙うね。」


嵐山あらしやまが口を開くが、霧島きりしまはそれを否定した。


「大坂の陣は冬スタートだよな…。ここは東京だし、可能性は低いか。」

渦雷からいが口を開く。


「切り裂きジャック……有名ではありますけどテロではないですよね。」


雪平ゆきひらはよくメディアで題材にされる出来事に注目していた。

有名だからこそ使われそうではあるが、今回は殺人事件ではない。


「独立記念日はテロリスト的には1番有り得そうだけど、外事からやばいネタ上がってきてないし…候補から外して良さそうかな。」


晴野はれのはテロという単語に注目したが、世界情勢や場所を考えると、起こりづらいと判断した。


「誕生花である、白詰草クローバーの花言葉は約束。ロマンチックではありますけれど…。何か仲間と約束を誓ったんですの?」


雨宮あまみやは発想を飛ばし、花言葉からテロリストがこの日を象徴としている説を提唱した。


「……なんかもう、夏休みの宿題が嫌だったんちゃうん…??」


各々が思考を巡らせている中、天道てんどうが空気の読めない一言をぶちこんだ。


場がしらける。

天道は、本当……こういう男である。

情報を出さないくせに、まともに考える気も無い様子に班員は怒り心頭だ。


場が殺気立つ。



「……ひとまず日にちは置いておこう。テロに関してはどうだ。」

「せやから…無いんやって、情報。」


渦雷からいは怒りを抑え、天道てんどうを見て再度情報を催促した。

だが、天道はまともに取り合わず、席を立つ。


「とりあえず、ツテに聞いてみたりしてきますぅ。」


天道はそう言い残し、班の部屋から退室した。


班員は取り残される形となった。




「…伝手あんのかよ。……いや、ホントどうすんだよ、コレ…。」

班を持つ上司としてあり得なさすぎる態度に対し、霧島きりしまが独りごちる。


全員が同じ思いだった。


リーダーである渦雷からいは、こんな状況でも班の方向性を決めて動かなければならない。

いつもの事だが、今回は仕事を放り出したい衝動にかられる。



――ありきたりな対応しかできない俺には、リーダーは向いていない。阿久津にも嫌われているし。



ため息をつく。

もう既に誰かがやっているであろう、誰でも手に入る情報を調べることをメンバーに告げる。


「とりあえず、最近の国内と国外の情勢を洗っておくしかないな。東雲しののめ晴野はれの雪平ゆきひら…悪いが…」

《ん、今進めてるよ。内事ないじ関連は任せて。先月分までは端末に送信済。今月分は、最近モメてて件数エグいけど、各担当に確認取れ次第送るね。》

「らじゃー!東雲しののめに同じく、外事関連送りました。この後更新分確認取れ次第送ります。」

「同じく、予告日付近に起こった事件の犯人や被害者の会、指名手配犯などの概要を端末に送信しました。調査部にも心当たりがないか聞いてみます。また最新情報が入り次第、詳細を送りますね。」


東雲が内事ないじを、晴野が外事がいじを、雪平がそれ以外の情報を照会し、班員各自の端末に送信する。


「ありがとう。助かる。残業はちゃんとつけるように。」

渦雷からいは3人に言い、今度は班員全員に指示を出す。


「今日から事後処理を含めると、恐らく9月第1週目までは泊まり込みになる。帰宅後必要なものを準備して、15時に再度オフィスに集合してくれ。各自解散。」

「はい」


天道てんどうが本当に情報を取ってきてくれるかはわからないが、天道の居る派閥が情報をわざと隠している場合、照会先から有益な情報が得られる可能性もある。

今のうちに泊まり込みの準備と、その後の待機はしておいたほうが良いだろう。


渦雷からいは、今日以降はまともに眠る時間が無いと思った。




――20XX年8月29日 15時00分 青少年特殊捜査本部 1課2係7班オフィス


再度集合したが、新情報もなく動けなかったので、今のうちに仮眠を取ることにした。



――20XX年8月29日 20時00分 青少年特殊捜査本部 1課2係7班オフィス


起床後、情報を確認。

特にめぼしい情報は無かった。


仕方がないので、今ある情報をもとに、ありとあらゆる状況を想定することにした。

可能性が高いものから分析し、公安部に指示を出していく。



――20XX年8月30日 2時00分 青少年特殊捜査本部 1課2係7班オフィス


正直、情報が無さ過ぎて手詰まりだった。

やはり、今回の案件は異常である。

これ以上できることは無いため、寝ることにした。


6時に起床し、7時からミーティングを始めることにした。

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