第11話 東雲の朝

 未来ノ島の朝は、桐崎ヴィンセントが率いる警備会社『エイジス・セキュリティ』の手によって、静かにその秩序が守られている。


 この島の警備体制はただの物理的な壁ではなく、最先端のテクノロジーと人間の知恵が織りなす、見えない保護の網のようなものだ。

 エイジス・セキュリティは、国家自衛隊と連携してセキュリティの新たな地平を切り開き、島を訪れるすべての人に安全で快適な環境を提供している。


 空には、最新の認識技術と人工知能を搭載したセキュリティドローン群が、島全体を見守る。これらのドローンは島の空を静かに舞い、不審な動きを見つけ出すと、たちまち対応チームに警告を送る。

 この見守る眼は島の平和を守る重要な柱となっていた。


 地上ではAIセキュリティネットワークが、各種センサーやカメラからのデータを集約し、リアルタイムで分析を行う。異常行動の兆候をいち早く察知し、可能な限り未然に防ぐことがこのシステムの使命だ。

 この無形の盾は、島の平穏を守るための強固なものである。


 さらに、島への入出口には高度な生体認証ゲートが設置されており、未来ノ島への安全なアクセスを保証している。この門は、島に足を踏み入れるすべての人々に、安心と信頼の証として機能している。

 電脳空間のセキュリティもまた厳しく守られており、サイバー攻撃から島を守るためのディフェンスチームが、日夜監視を続けている。

 彼らは電脳世界と現実世界の平和を守るための最後の砦として、常に警戒を怠らない。


 安全を脅かす何かが起こった時には、エマージェンシーレスポンスチーム(ERT)が日本警察と共に迅速に対応する。彼らは、緊急事態に立ち向かうための訓練を受け、最先端の装備で武装している。彼らの存在が、島の安全をさらに強固なものにしているのだ。

 最先端のテクノロジーと人々の努力が融合し、島には安全かつ快適な環境が実現されている。この島は、テクノロジーと人間が調和した未来の社会の象徴であり、希望と可能性が広がっていた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 朝の光がまだ柔らかく地平線を照らし始めた頃、柳は静かな息遣いと共に、人口島の縁を駆け巡る。


 足音は、夜が退く静寂を切り裂き、新たな一日の幕開けを告げている。

 ランニングの途中、思いがけず自然の美しさに心を奪われる瞬間に出会った。木々の間を抜ける風、遠くに見える山々の輪郭、そして島を取り巻く海の穏やかなさざ波。

 これらすべてが、この内面に静かなる力を与えてくれるのだ。大切なものを失ってしまった心に、競技を続けることへの努力と、身近な人間を守るための活力を。苦しいが、今は大丈夫。


 島の端に立ち、ゆっくりと深呼吸をする。視線の先には東雲が空に広がり、徐々に日の光が強まっていく。

 過去の苦難や、それを乗り越えた証としての自己成長。将来、皆を守れる自分に、ネオトラバース選手として生きていける自分になる決意。誰にも語ることなく、心の中に静かに留めている。


 深く息を吸い込み、新たな決意を固める。

 ここにいる自分は一人のアスリートとして、また一人の人間として、まだまだ成長の途中にいるということ。そのことを忘れず、これからも努力していかなければならない。


 そして、柳は家路につく。

 これからも自己を磨き、未知なる挑戦に立ち向かう勇気と覚悟を秘めた。


 自宅フロアへと入る。待ち構えていたのは、忠実な友であるモチだった。

 小さな体を揺らしながら柳に駆け寄るモチを抱き上げ、柳は疲れを忘れさせる温かな歓迎を受ける。

「おはよう、モチ。もう朝ごはんはもらったの?」

 家の中には、既に朝の活動が始まっていた。キッチンからは、父・柊と母・夕子の声が聞こえてくる。

 柊はバーチャルスポーツ業界で名を馳せる有名企業の代表取締役兼社長であり、現在も精力的に活動している。

 夕子もまた、柊を支える強い意志を持った女性で、家族をいつも温かく見守っている。アーティストであるが、現在は活動のペースを緩めている。


「おかえり、柳。トレーニングどうだった?」

 夕子が優しく尋ねる。


「いつも通りかな。おはよう母さん、ごめん。手伝えなくて」

 柳が答えながら、モチを腕の中で優しく撫でた。モチは柳の手をぺろぺろと舐める。熱烈な感激はなかなか終わらない。


「おはよう。今日の朝食は、柳の好きなものを用意しているよ。でもその前に、シャワーを浴びてきなさい」

 柊が厳しい口調で言いつつも、目は優しく柳を見つめていた。

「はい、おはよう父さん」


 柳はモチをソファにそっと下ろし、両親の言葉に従ってシャワーを浴びに行く。

「モチ、ここでいい? いい子で座っているんだよ」

 この家では、柳がバーチャルスポーツアスリートとしての厳しいトレーニングを積む一方で、柊のビジネスの成功と母・夕子の温かな支えが家族の絆を深めている。

 柊のビジネスに対する熱意は、柳にも大きな影響を与えている。


 シャワーを浴びた柳がダイニングに戻ると、朝食がテーブルに並べられていた。家族そろっての朝食は、一日の始まりを祝う大切な時間だ。

 柊は柳に向かって「怪我や病気には気をつけなさい」と励ます言葉をかける。

 彼の目はいつも柳見守り、静かに支えてくれている。

「はい、父さん」


 柳がプロバーチャルスポーツの分野で努力し、早くも積極的に活動できている理由は、幼少期からバーチャルリアリティスポーツに触れ、その世界に魅了されていたことが挙げられる。

 両親がバーチャルリアリティスポーツ分野を整備し、世界的に広めた企業を運営しているため、幼い頃からその環境に身を置いていた。


 両親の影響を受け、情熱と責任感を持ち、自らの可能性を追求するために努力し、そして自らが両親の期待に応えることを願っている。

 歪ではあるが、今現在も立っていられるのは、大切な教義と身近な人たちのおかげだった。理解できない様々な感情を置き去りにして生きているが、柳は彼らの存在がある限り、倒れずに動き続けることができる。


 この朝のひとときは、柳にとって精神的な支えとなっていた。

 柊と夕子は、柳の日々の成長を見守りながら、彼が選んだ道を全力で支援してくれていた。

 ふと顔を上げると、父の姿が目に入る。部屋着でもどことなくスマートで、高身長で落ち着いた風貌の彼は、バーチャルスポーツ界に革命をもたらした人物だ。

 柳の中の多くの要素を占めている。よく似ているとは、ことあるごとに言われてきた。


 柊はアメリカでの生活背景と深い日本文化への理解を持ち合わせており、国際的な視野を持って行動する。

 穏やかさと人を惹きつけるカリスマ、家族への深い愛情は、多忙ながらも家庭に温かみをもたらすのだ。柳は自らを操るとき、この父の言動をどこかで指標として模倣していた。

「このあいだの定期検診はどうだった?」

「大丈夫。なんの問題もないって」

「そうか、プロになったのだから、プレッシャーを感じる場面もあるだろう。精神的な健康にも気を使いなさい」


 柳が深い傷を負った際、彼が見せた激しい怒りとその後の裁判での行動は、家族への絶対的な愛と保護の強さを示していた。

 バーチャルスポーツを世界中の子供たちに広めようとする彼のビジョンは、ただの事業家以上の深い使命感を感じさせる。その優しさと強い意志は、柳が今日この場にいる大きな理由の一つであり、彼のようになりたいと心から思っていた。


 小さな音量で流されている朝の報道番組では、柳のネオトラバースの試合についてが特集されていた。ハイライトとして試合中の場面が流される。

 アナウンサーが言った。

『白き死神というあだ名が広がるほどに、東雲選手のプレイは鋭く……』


 プロバーネオトラバースプレイヤーとして「白き死神」と恐れられている異名に対する柳の感情は、複雑なものだ。

 恐れられる存在として扱われることに、戸惑う。ただ楽しんでいるだけなのに。

 今日のスポーツニュースにも先日取材を受けた場面が含まれており、柳はその編集に自らの異名と人格の隔たりが言及されていることを予想して、深いため息をついた。


 自室に入った柳は、高専の制服を身に纏う。柳はその着こなしにアレンジを加えず、スタンダードなブレザー、標準的なスラックス、そしてシャツを順番に身につけている。


 この部屋は静けさで満たされている。一人の空間で毎日のルーティンをこなすため、様々な面で最適化した結果だ。

 シンプルな木製デスクには、バーチャルスポーツの戦略を練るためのデジタルノートや学業用の資料が配置されている。その隣にある書棚には、技術、歴史、文学に至るまで、様々な簡易書籍デバイスが並ぶ。

 デスクの前の壁は、家族や友人との写真で飾られており、特にクリスとの長年の友情を示す写真が目立つ。これらの写真は、柳にとって大切な人々との絆の証であり、彼の日々に喜びと色を添えている。


 部屋を出る前に、ベッドサイドに置かれたデバイスの画面を見る。そこにはクリスからの「柳、一緒に学校行ける?」というメッセージが表示されており、彼はそれを見て微笑む。


「行けるよ」と音声入力で返す柳の声には、柔らかな甘さが含まれていた。

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