家族は私が守る

「じゃあね! みーたん!」


 私は世界で最も愛する弟に別れを告げて、喫茶店の外に出た。普段は多くの人で賑わう大通り。しかし今は人も車も全く見当たらない。夏の盛りだというのにセミの声1つせず、涼やかな空気が漂う。右を見る。左を見る。上を見る。少しだけ歪む青空。よし、上手く機能しているようだ。


「はぁ……やはりあなたでしたか。僕の邪魔をしていたのは」


 1回……2回……ゆっくりと瞬きをする。大きな道の向こう側に男性が現れた。血まみれの男性が。こいつ、強行突破しやがったな。部下の安否が心配だ。


「おやおや、これは花織家御当主様。お怪我をなさっているのですか? 良い病院を紹介しますよ?」

「いえいえ、大丈夫ですよ。これは全て返り血ですから。思考を読める魚住家御当主様なら、それくらいお見通しでしょう?」


 花織浅葱は微笑んだ。私はこいつがまじで嫌い。昔からずっと。


「しかし、この結界は見事ですね。この一帯を一般人から完全に隠している」

「記憶に干渉するあんたの能力は厄介すぎるからね。この程度の対策は必須でしょう」


 花織浅葱は、目的のためなら手段を選ばない危険なやつだ。それにこいつの能力は完全にチート。思考が読めるだけの私とは訳が違う。だから私は、使える全てのコネと金を使って、この場を用意した。


「なるほど。予めここまで準備ができたということは、あなたのお友達が夢を見たのですね?」


 私は舌打ちをした。全てお見通しかよ。


「えぇ、その通り。あんたが私の可愛い弟にとんでもないことをする忌々しい夢を、あの子は見た。……あんた正気? お家同士の誓約を破って、家族に手を出すなんて」

「あぁご心配なく。もし仮に僕が禁忌を犯しても、それは絶対に露呈しませんから」

「つまり一般人を巻き込むつもりだったと?」

「さあどうでしょうね。でもこれはあくまで仮定の話ですよ? あなたのご家族に手を出すつもりなんて、最初から全くありません。ここに来たのだって、灯さんと少しだけお話をするためです。ただそれだけです。今回の予知夢は外れたようですね」


 花織浅葱は美しく微笑んだ。まじでムカつく。


 あの子の予知夢は断片的で、かなり曖昧だった。ハッキリしているのは2点のみ。弟がナイフで刺されること。花織浅葱がその場で笑っていたこと。


 夢から得られる情報は少なかったが、こいつの犯行動機は簡単に想像がついた。花織浅葱が灯ちゃんのストーカーであることは、既に調べがついていたから。


 確かにあの子の予知夢は百発百中ではない。だから真意を花織浅葱に直接教えてもらう気でいたのだが……。さっきから思考が全く読めない。クソが! 早速対策しやがったな。私は奥歯をギリっと噛んだ。


「弟さんのことはどうでも良いので、灯さんをこちらに引き渡してくれませんか?」

「それはできない!」


 私ははっきりと答えた。


 花織浅葱は一瞬目を見開き、頬に手を当て考えるような素振りをみせる。


「つまり、あなたが魚住家の一員になることを認めたと?」

「その通り。だから例えあんたでも、もう灯ちゃんに手出しできないわよ! これも灯ちゃんから回収しといたから」


 私は彼女のスマートフォンを手に持った。


「意外ですね。弟命のブラコンが、そこまでするとは……」


 花織浅葱は溜息をついた。明らかに落胆の表情をしている。


「良いんですか? 弟君を取られても」

「全然良くないわよ! みーたんに彼女が出来るとか絶望だわ!」


 私が気に入らない子であれば、こいつに渡しても良いと思っていた。


「……でもね。意外にも気に入ってしまったの。灯ちゃんのことを」


 彼女は良い気質を持ってる。


「そうですか……」


 花織浅葱はクルッと後ろを向いて歩き出した。


「それでは諦めるしかないですね。もし気が変わったら連絡ください。灯さんを引き取りに行きますので」


 花織浅葱は絶対に灯ちゃんを諦めていない。それは思考を読めなくても分かる。絶対諦めていない!! そして何があっても諦めない!!


「次はどんな卑怯な手を使うのか。憂鬱過ぎる……」


 花織浅葱の姿が完全に見えなくなった後、私は貸切にした喫茶店の店内をちらりと覗いた。幸せそうな2人の姿が目に入る。しかしなぜ2人して床に座っているのか。あぁ……なるほどね。ちゃんと付き合う運びとなったようでなにより。


 私は微笑んだ。


 花織浅葱に連絡することは一生ないだろう。

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ハルは水花火 田作たづさ @2801255

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