十
「まりも。なんで灯さんのこと知ってんだよ。俺話してないよね?」
「みーたんのことならなんでも知ってるもん!」
「マジで怖いんだけど……」
まりもさんは超絶エリートの裁判官。もっと……こう、ビシってした人なのかと思っていた。
「意外だった?」
「……え」
まりもさんの目が私を捉える。その視線は水桜君に向けるものに比べて随分と冷たい。
「私が大事なのは家族だけだから。その中でもみーたんには特別甘々だけど」
彼女はへらりと笑った。
「おい、まりも。灯さんを困らせるなよ」
「ごめんねみーたん! でもね、これは大事な審査も兼ねているから」
「審査? 何だよそれ」
水桜君が怪訝そうな顔をした。
「私だってまさか今日することになるとは思わなかったよ? でもさ〜、緊急事態が起きたからしょうがない」
まりもさんは溜息をつく。そして私に向き直った。
「改めまして、こんにちは。ふーん、あなたが弟の想い人ですか」
私は恥ずかしくなって顔を伏せた。
「え、ちょ……何で普通にバラすんだよ!」
「まあまあ落ち着いてみーたん」
まりもさんは手のひらで水桜君の口を塞いだ。彼はもごもご何かを言いたそうに暴れているが、無視して話を進める。
「良いですか? これからあなたが魚住家の人間として……いや!!みーたんの彼女としてふさわしいか審査を行います。それでは私の目を見てください」
「え? あ……はい」
私は言われた通りにまりみさんの目をじっと見つめた。彼女の言動には逆らってはいけないと思わせる何かがある。
「……ふーーん」
しばらくして、彼女は私からパッと目線を外した。そして水桜君の口から手のひらをどかす。
「何なんだよ! まりも! さっきから!」
水桜君はお怒りのようだ。
「まあまあ水桜君落ち着いて、何か理由があるみたいだし」
「灯さんがそう言うなら……」
まりもさんは何かを考えている様子である。こっちの話など聞こえていないようだ。
「悪くない」
まりもさんは呟いた。
悪くない? 悪くないってことは、合格だろうか!
「勘違いしないで。ギリギリ及第点って意味だよ。灯ちゃん」
ギリギリ及第点。しかしそれは合格に違いない!
「まあ、そういうことで良いでしょう。灯ちゃんって意外と楽観主義者なのね。でも忘れないで。この結果は暫定に過ぎないってことを。あなたの心根次第では、いつでも不合格にするから!」
「わ、わかりました……」
私はゆっくりと頷いた。
「じゃあ携帯出して」
「え?」
連絡先を交換するのだろうか?
私がスマートフォンをテーブルに出すと、まりもさんはそれを忌々しそうに見つめた。そして彼女は、私の携帯を自分の鞄にしまった。
「「え?!」」
私と水桜君の言葉が重なる。
「灯ちゃん、この携帯ちょっとだけ借りるね。代わりにこっち使って」
まりもさんが別のスマートフォンをテーブルに置く。あ、これは水桜君と同じ機種だ。
「よく連絡している人のメアドと電話番号は登録しといたから。使い方はみーたんに聞いてね」
「まりも! 携帯没収とか意味不明だから! てか連絡先のこととか色々おかしい! ちゃんと説明しろよ!」
「みーたん!」
まりもさんは水桜君に勢いよく抱きついた。あー、これはうやむやにされるやつだな。まあ、ちょっとだけと言われたし、代わりのスマートフォンがあるから問題ないかな。
「これで好きなもの買ってね!」
まりもさんは万札を数枚水桜君に握らせた。
「は….…え!? いつまでも子ども扱いすんなって!!」
「子供扱いしてない! 弟扱いしてるの!」
2人が兄弟喧嘩をしている(水桜君が一方的に言いくるめられている)姿を見て、私は微笑んだ。
兄弟って良いな〜。
「じゃあね! みーたん!」
まりもさんは颯爽と店を後にした。
嵐のような人だったな……。
「「………」」
私と水桜君、2人の間に沈黙が落ちる。
気まずい。
この短い間に色々あり過ぎたのだ。何から話せば良いのだろうか。
「水桜君……」
「ごめん!!」
彼は勢いよく頭を下げた。
「まりも……俺の姉は昔から本当に変で、何考えてるか不明な奴で! 色々勝手に決めて、その割に全く説明しなくて……。 審査とか携帯没収とかマジでごめん!」
「携帯のことは大丈夫! おばあちゃんや水桜君と連絡とれれば問題ないから。それに……」
私は一度言葉を切った。水桜君をじっと見つめる。
「まりもさんの審査に合格できて良かった」
「え、それって……」
「私、水桜君のことが好きです」
水桜君の顔が赤くなる。耳まで真っ赤だ。
私も多分赤いだろう。心臓がバクバクする。
「最初はチャラチャラしてるの嫌だなって思ってたけど、水桜君はそれだけじゃなくて、真面目で誠実な部分をちゃんと持ってて。それに最近は誰にでもニコニコできるの凄いなって思うようになってきてて。私のこと助けてくれて、優しくて素敵でカッコよくて。とにかくもう水桜君の全部が好き! 大好き!」
途中で息継ぎをしなかったので、息切れを起こす。
言ってしまった。全部勢いで言ってしまった!
「俺も……好き。灯さんのことが大好き」
水桜君は小声で恥ずかしそうに言った後、テーブルに顔を伏せた。
「あーー!! かっこ悪い!! クソAIにバラされて、まりもにもバラされて。最終的には灯さんから告白させて。俺まじでかっこ悪い!!」
水桜君は本気で落ち込んでいるようだ。ここまで彼がダメージを受けるなら、先走って想いを伝えなきゃ良かった。後悔の念がじわじわと押し寄せてくる。
「水桜君ごめ……あ!!」
良いこと思いついた!
「水桜君! 顔を上げて!」
「ごめん。今は無理」
水桜君の声は嗚咽混じりだ。泣いてしまう一歩手前なのかな?
「水桜君。この告白はまだ終わってない! そうでしょう?」
「……え?」
水桜君は渋々顔を上げた。その目はやはり潤んでいる。
「水桜君!」
私は立ち上がって、彼を手招きした。
「ほらほら! 私の前に立って!」
店内にお客さんは私達2人だけ。なぜか店員さんも見当たらない。
「え……。あ、そうか」
水桜君も私の意図に気付いたらしい。
彼は目を閉じて深呼吸をした。そしてゆっくりと目を開ける。その表情は、先程までの泣きそうなものとは、全く違っていた。
「灯さん、あなたのことが好きです。優しくて純粋で、素直な心を持つあなたが大好きです。俺はあなたの想いに、何度も救われました。これからもずっと一緒にいたい」
「水桜君……」
私は微笑んだ。
「灯さんに渡したいものがあるんだ。今日持って来てて良かった……」
水桜君は小さな箱を取り出す。
「これは?」
彼は片膝を地面についた。そして小箱の蓋を開ける。
ま、まさかプロポーズ……!! お付き合いもまだなのに、いきなりプロポーズ!?
「……え?」
箱の中には腕時計が入っていた。シャンパンゴールドのシンプルだが可愛らしいデザインだ。
「バイトの給料で買ったんだ。灯さんに莫大な金額を払ってもらったから、そのお返し。雨に濡れて時計壊れたって言ってたから、これは防水防塵のやつ。ついでに太陽光で充電できるよ」
指輪かと思った!……って、そんなわけあるか! 冷静に考えれば分かるだろ!と、自分にツッコミを入れる。私のバカバカバカ!!
「指輪はまた今度ね。その時は今よりもずっとずっと思い出に残る、最高のプロポーズにする」
彼は優しく微笑んだ。
私は息を呑む。
どうしよう。水桜君が王子様に見える。
「俺と付き合ってください」
私はニコッと笑った。笑ったのだけど、なぜか泣いてしまう。……あぁ、そっか。これが嬉し涙なんだね。
溢れてくる大きな気持ちをどうしても抑えられない。私は居ても立ってもいられず、水桜君に飛びついた。
「……え!? うわっ!?」
勢いで水桜君を押し倒し、2人して床に転がってしまう。
「ご、ごめん! 水桜君ごめん! 怪我してない?」
私は上半身を起こし、隣に寝転ぶ水桜君に声をかけた。
「こっちこそごめん! いきなりだったから支えられなくて……。痛いところ無いから平気! それにこれも無事だった」
彼は起き上がって私と向き合い、右手の中にある小箱を見せてくれた。針はしっかりと時を刻んでいる。
「水桜君も時計も無事で良かった……」
私は、水桜君の右手を腕時計の箱ごと、両手でそっと握った。その手はとても温かい。
芝生や花畑なら絵になるのだが、現実はカフェの床。全然ロマンチックじゃないし、早く立ち上がるべきだが、どうしてもこれだけは伝えたい。
私は握った手に力を込めて、口を開いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます