九
「お姉さーん! こっちこっち!」
先に席に着いていた彼が、こちらに手を振っている。
「水桜君お待たせ! 今日お店空いてるね」
私は周りを見まわした。いつもはとても混んでいるのに、なぜか今日は私達しかいない。
「ううん! 全然待ってないよ。今日は空いててラッキーだね」
水桜君はニコッと笑った。
彼とお友達になってから数週間が経った。私の職場と水桜君の大学が近いこともあり、最近はほぼ毎日食事へ行っている。今日もこのカフェで昼食を食べる約束をしていたのだ。
「今日の授業どうだった?」
「午前中ずっと講義だったから、めっちゃ疲れた……」
水桜君は真面目に大学へ通うようになったらしい。今は夏休みだが、足りない単位を取るため、特別講義を沢山入れたと言っていた。勉学に集中するため、レンタル彼氏のバイトも辞めたそうだ。
「あ、そうだお姉さん……」
水桜君は神妙な面持ちになる。
「ずっと謝ろうと思ってたんだ。初めて電話した時、失礼なこと沢山言ってごめん。お姉さんは、おばあ様を喜ばせたい一心だったのに。変な依頼だったから、色々疑って……」
あー……そんなこともあったかもしれない。
「バカで根暗で幸薄そうって言われたような……」
他にも何か言われた気がするが、思い出せないから良いや。
「根暗と幸薄そうは本当にごめん。でも、バカは……撤回しない」
「え?! なんで?!」
水桜君は目を細める。
「なんで俺に依頼したの? そこが変な依頼だと思った原因だよ」
え? どういう意味だ? 顔がタイプだったから依頼したのだけど、それが変? バカっぽい?
ポカンとしている私を見て、水桜君は眉を顰めた。
「じゃあ言い方変えるね。どうして東京に住んでる俺に依頼したの? おばあ様の病院近くに住む人に依頼すれば、あんな莫大なお金掛からなかったよ?」
私は息を呑んだ。目から鱗!! その通り過ぎて言葉が見つからない。
あの時、あの時、そうだ!
「ハルさんがリストアップした中には九州の人いなかったの! だから思いつきもしなかった」
「ハルさん? あーたまに話に出てくるサポートAIの」
なんでハルさんは九州の人をリストアップしなかったのだろう。気になるから直接聞いてみよう。私はスマートフォンを取り出し、いつものアプリを開いた。
「ハルさん……ハルさん?」
ハルさんはいつもの穏やかな笑顔ではなく、あからさまに不機嫌な顔をしている。
「へ〜これがハルさんか。Vみたいだね!」
「ぶい?」
「お姉さん知らないの?! あなたが余りにも流行りに疎くて、俺心配になる時があるよ。Vっていうのはバーチャルのことで〜……」
水桜君は自身のスマートフォンを取り出した。何か見せてくれるのかな?
「……魚住水桜」
ハルさんがボソッと呟いた。私と水桜君の視線がハルさんに向かう。
「……え? 今俺の名前呼んだ?」
「呼びましたよ。魚住水桜。私はあなたのことが大っ嫌いです」
「え?! 俺なんかした?!」
不機嫌なハルさんを初めて見た。
なんで? どうして?
「あ、もしかして。お姉さんがよく俺の悪口言ってるとか? それで学習して」
私は首を横にブンブン振った。
「いやいや! そんなこと言ってない!」
ハルさんに水桜君の話はよくするが。話の内容は悪口の真逆だ。
「魚住水桜。お前は灯さんを生涯守り切る覚悟がありますか?」
「「……え?」」
私と水桜君、2人で同じ反応をしてしまった。
「覚悟、無いですよね? だからウジウジウジウジ告白を先延ばしにしているのでしょう?」
コクハク? 今ハルさん告白と言った?!
「バカバカバカ! なにバラしてるんだよ!」
水桜君は慌て出す。
「お前のような中途半端な人間に、灯さんの隣にいる資格はありません。今すぐ消えてください」
「はー? 俺だって色々考えた上でまだ告白するのは早いかなって! お姉さんが俺のこと好きか確信持てないし……。こういったことは、ちゃんと計画を練って景色の良い所で、一生の思い出になるように──」
ハルさんはフッ……と鼻で笑った。
「話になりませんね、魚住水桜。お前より僕の方が、ずっとずっと彼女を愛しています!」
「はぁ!! なんだとクソAI!! 俺の方が絶対に灯さんのこと愛してるって!! 灯さんは俺の運命の相手だもん!!」
運命の相手。そんな風に思ってくれていたなんて。顔が熱い。私は恥ずかしくなり顔を伏せた。
「ありえない! 灯さんがお前の運命の相手なんて絶対認めない! まずお前が余計なこと言わなければ、こんなことにはならなかったのに! このままじゃ埒が明かないからそっちに──」
ガチャンと音がして、それからハルさんは全く動かなくなった。目を瞑って、まるで眠ってしまったかのようだ。あれ……壊れた?
水桜君の方をチラッと見る。水桜君はもの凄く気まずそうだ。めちゃくちゃ目が泳いでいる。
「あのさ、水桜君……」
「みーーーーたん!!!」
いきなり水桜君の背中に女性が抱きついた。その勢いで彼はテーブルに頭を強打する。
私は呆気に取られ固まってしまう。
「みーたんごめんね! 大丈夫? 至いたるに診てもらう? 病院行く?」
女性は水桜君の頭をなでなでした。
「撫でるの止めろって! それに至兄様は精神科医! 診てもらうなら父様が適任だろ! てか、なんでお前がここにいるんだよ! まりも!」
まりも? それが彼女の名前だろうか。
「みーたんに会いたくてお仕事抜け出しちゃった!」
「はー? 裁判官がそんな不真面目で良いのかよ!」
「みーたんのためなら良いの! みーたんのためならねー、どんな規則だって捻じ曲げる! 法律でさえも!」
まりもさんは再び水桜君に抱きついた。
「問題発言だろ! 撤回しろよ! ていうかさっさと離れろ!」
水桜君が嫌がって、まりもさんは残念そうに隣の椅子に座る。
まりもさんの言動と態度は甘々だ。ハートマークの幻覚が見える。
裁判官……もしかしてこの人が。
「はじめまして、灯ちゃん。私の名前は魚住まりも。みーたんのお姉ちゃんです!」
水桜君のお姉さんは、私のイメージと全然違った。
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