「お姉さーん! こっちこっち!」


 先に席に着いていた彼が、こちらに手を振っている。


「水桜君お待たせ! 今日お店空いてるね」


 私は周りを見まわした。いつもはとても混んでいるのに、なぜか今日は私達しかいない。


「ううん! 全然待ってないよ。今日は空いててラッキーだね」


 水桜君はニコッと笑った。




 彼とお友達になってから数週間が経った。私の職場と水桜君の大学が近いこともあり、最近はほぼ毎日食事へ行っている。今日もこのカフェで昼食を食べる約束をしていたのだ。


「今日の授業どうだった?」

「午前中ずっと講義だったから、めっちゃ疲れた……」


 水桜君は真面目に大学へ通うようになったらしい。今は夏休みだが、足りない単位を取るため、特別講義を沢山入れたと言っていた。勉学に集中するため、レンタル彼氏のバイトも辞めたそうだ。


「あ、そうだお姉さん……」


 水桜君は神妙な面持ちになる。


「ずっと謝ろうと思ってたんだ。初めて電話した時、失礼なこと沢山言ってごめん。お姉さんは、おばあ様を喜ばせたい一心だったのに。変な依頼だったから、色々疑って……」


 あー……そんなこともあったかもしれない。


「バカで根暗で幸薄そうって言われたような……」


 他にも何か言われた気がするが、思い出せないから良いや。


「根暗と幸薄そうは本当にごめん。でも、バカは……撤回しない」

「え?! なんで?!」


 水桜君は目を細める。


「なんで俺に依頼したの? そこが変な依頼だと思った原因だよ」


 え? どういう意味だ? 顔がタイプだったから依頼したのだけど、それが変? バカっぽい? 


 ポカンとしている私を見て、水桜君は眉を顰めた。


「じゃあ言い方変えるね。どうして東京に住んでる俺に依頼したの? おばあ様の病院近くに住む人に依頼すれば、あんな莫大なお金掛からなかったよ?」


 私は息を呑んだ。目から鱗!! その通り過ぎて言葉が見つからない。


 あの時、あの時、そうだ!


「ハルさんがリストアップした中には九州の人いなかったの! だから思いつきもしなかった」

「ハルさん? あーたまに話に出てくるサポートAIの」


 なんでハルさんは九州の人をリストアップしなかったのだろう。気になるから直接聞いてみよう。私はスマートフォンを取り出し、いつものアプリを開いた。


「ハルさん……ハルさん?」


 ハルさんはいつもの穏やかな笑顔ではなく、あからさまに不機嫌な顔をしている。


「へ〜これがハルさんか。Vみたいだね!」

「ぶい?」

「お姉さん知らないの?! あなたが余りにも流行りに疎くて、俺心配になる時があるよ。Vっていうのはバーチャルのことで〜……」


 水桜君は自身のスマートフォンを取り出した。何か見せてくれるのかな?


「……魚住水桜」


 ハルさんがボソッと呟いた。私と水桜君の視線がハルさんに向かう。


「……え? 今俺の名前呼んだ?」

「呼びましたよ。魚住水桜。私はあなたのことが大っ嫌いです」

「え?! 俺なんかした?!」


 不機嫌なハルさんを初めて見た。


 なんで? どうして?


「あ、もしかして。お姉さんがよく俺の悪口言ってるとか? それで学習して」


 私は首を横にブンブン振った。


「いやいや! そんなこと言ってない!」


 ハルさんに水桜君の話はよくするが。話の内容は悪口の真逆だ。


「魚住水桜。お前は灯さんを生涯守り切る覚悟がありますか?」

「「……え?」」


 私と水桜君、2人で同じ反応をしてしまった。


「覚悟、無いですよね? だからウジウジウジウジ告白を先延ばしにしているのでしょう?」


 コクハク? 今ハルさん告白と言った?!


「バカバカバカ! なにバラしてるんだよ!」


 水桜君は慌て出す。


「お前のような中途半端な人間に、灯さんの隣にいる資格はありません。今すぐ消えてください」

「はー? 俺だって色々考えた上でまだ告白するのは早いかなって! お姉さんが俺のこと好きか確信持てないし……。こういったことは、ちゃんと計画を練って景色の良い所で、一生の思い出になるように──」


 ハルさんはフッ……と鼻で笑った。


「話になりませんね、魚住水桜。お前より僕の方が、ずっとずっと彼女を愛しています!」

「はぁ!! なんだとクソAI!! 俺の方が絶対に灯さんのこと愛してるって!! 灯さんは俺の運命の相手だもん!!」


 運命の相手。そんな風に思ってくれていたなんて。顔が熱い。私は恥ずかしくなり顔を伏せた。


「ありえない! 灯さんがお前の運命の相手なんて絶対認めない! まずお前が余計なこと言わなければ、こんなことにはならなかったのに! このままじゃ埒が明かないからそっちに──」


 ガチャンと音がして、それからハルさんは全く動かなくなった。目を瞑って、まるで眠ってしまったかのようだ。あれ……壊れた?


 水桜君の方をチラッと見る。水桜君はもの凄く気まずそうだ。めちゃくちゃ目が泳いでいる。


「あのさ、水桜君……」

「みーーーーたん!!!」


 いきなり水桜君の背中に女性が抱きついた。その勢いで彼はテーブルに頭を強打する。


 私は呆気に取られ固まってしまう。


「みーたんごめんね! 大丈夫? 至いたるに診てもらう? 病院行く?」


 女性は水桜君の頭をなでなでした。


「撫でるの止めろって! それに至兄様は精神科医! 診てもらうなら父様が適任だろ! てか、なんでお前がここにいるんだよ! まりも!」


 まりも? それが彼女の名前だろうか。


「みーたんに会いたくてお仕事抜け出しちゃった!」

「はー? 裁判官がそんな不真面目で良いのかよ!」

「みーたんのためなら良いの! みーたんのためならねー、どんな規則だって捻じ曲げる! 法律でさえも!」


 まりもさんは再び水桜君に抱きついた。


「問題発言だろ! 撤回しろよ! ていうかさっさと離れろ!」


 水桜君が嫌がって、まりもさんは残念そうに隣の椅子に座る。


 まりもさんの言動と態度は甘々だ。ハートマークの幻覚が見える。


 裁判官……もしかしてこの人が。


「はじめまして、灯ちゃん。私の名前は魚住まりも。みーたんのお姉ちゃんです!」


 水桜君のお姉さんは、私のイメージと全然違った。

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