土曜日の午後、私と大和君は公園を歩いていた。ここを抜ければ病院だ。


 それにしても暑過ぎる。加えてミンミンうるさい。センチメンタルな気分にこの暑さとセミは害でしかない。ミンミンミンミンと私と嘲笑ってる気がしてならない。


「あっつ〜、めっちゃ暑いんだけど!」

「そうですね……。あ、大和君! 自動販売機がありましたよ! 何飲みます?」

「え! じゃあ抹茶ラテで」


 抹茶ラテか〜。これまた意外だ。


 大和君に会ってから数時間が経った。彼はチャラチャラヘラヘラした言動の割に、その立ち振る舞いは優雅で洗練され美しい。なんとなくチグハグな印象を受ける。


「もうちょっとで病院着きますから」

「え? 病院?」


 大和君が眉を顰めた。


 あ……しまった! 話すの忘れてた!


「あの……言い忘れていたんですが、私のおばあちゃんは入院しているんです。『私の恋人に会いたい』という彼女の願いを叶えたくて、大和君に彼氏役を依頼しました。これが、最後のおばあちゃん孝行になるかもしれない……から」


 私は1度言葉を切った。泣いてしまいそうになったから。


「でも! 無理して一緒に行かないで大丈夫です! ちゃんと伝えていなかったのは私の落ち度で、契約違反だと思うので。代金返してなんてケチいこと言いませんから!」


 大和君は俯いて黙った。


 しばらくの沈黙の後、顔を上げた彼の表情を見て、私は目を見開いた。なぜなら大和君が、とても真剣な表情をしていたから。


「行くよ、もちろん」


 なんだこれ。不整脈か? 心臓がドキドキする。顔が熱い。


「あ、ありがとう……ございます……」


 私はクルッと彼に背を向けて、スタスタと歩き出した。理由は不明だが、今は大和君の顔を直視できないと思ったから。


「おーーーーい!! おーーーーい!!」


 入院着を着た祖母が走ってくる気がする。


 まさかね。病人があんなに全力疾走できるわけない。


「とーもーりーちゃーーーーん!!」


 嘘だろ? 陽炎が見せる幻覚か?


「ねえ、まさかあの人がお姉さんのおばあ様?」


 大和君が不安そうな顔で尋ねてくる。彼にも見えているということは、あれは……ホンモノ!!


「おばあちゃん?!」


 祖母は私の目の前までたどり着くと、一息も置かずに私をぎゅっと抱きしめた。


「灯ちゃん! わざわざお見舞い来てくれたの?! ありがとう! あと数日で退院できるって!」

「え……良かった……」


 祖母は元気なのだ。嬉しくて涙が溢れてくる。


「私、もっと、その……体調悪いのかと思ってた。寝たきりとか想像してたんだけど」

「やっだー! 重体とか危篤とか思ってたの? もしかして病状を百合子に聞かなかったの?」


 全くその通りだった。俯いて黙っていると、祖母は大口を開けて笑った。


「やっぱそうなんでしょ! あなたたちいつも微妙な距離感だもんね〜! ウケる!」

「いやその! 百合子叔母さんと仲の問題じゃなくて……。怖かったの。おばあちゃんの病状聞くのが……」


 怖かった。もし悪いと聞いてしまったら、もう一生立ち直れないと思ったから。


「あーもー!! それで悪い方、悪い方にって考えちゃうなら、意味ないじゃない」


 祖母は優しく微笑んで、私の涙を拭った。


「で、そちらの方は?」


 あ。大和君のこと完全に忘れてた。なんて説明するか迷っていると、彼は自ら口を開いた。


「おばあ様はじめまして。俺は灯さんの友人の魚住うおずみ水桜みおです。灯さんからおばあ様のことを聞いて、心配で一緒に着いて来たんです」


 彼は至って真面目に答えた。その姿になぜか心臓がぎゅっとなる。


 それはさておき。な、なるほど。祖母は元気だったし、ここで恋人だと偽る必要はない。ベストな回答だ。


 あれ? うおずみみお?


「あらー、あらあら。わざわざありがとうございます」


 祖母は丁寧にお辞儀をした。


「寿美子さん! やっと見つけた! 散歩中にダッシュでいなくなるってどういうことですか?! ドッキリですか?! ドッキリなんですか?!」


 看護師さんが息を切らしながら慌てた様子で走って来た。


「ねえ見て! この子私の孫! 私に似て可愛いでしょ〜! 見つけた瞬間嬉しくて走っちゃった!」


 祖母は、てへ!って顔をする。看護師さん、迷惑かけて本当にごめんなさい。


「もう! 病室戻りますよ!」

「はいはーい。あ、最後にひとつだけ」


 祖母はクルッと後ろを振り返り、まっすぐに彼を見た。


「魚住さん、灯ちゃんのことよろしくね」

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