「灯さん? 私から1つ提案なのですが、折角お見舞いに行くなら、何かおばあ様の喜ぶことをやってみては?」

「確かにその通りだね。喜ぶことか〜、何だろう」


 全然思い付かない。そういえば先日、祖母は今をときめくスーパー俳優のサインが欲しいと言っていた。確か彼は東京在住だったはず。東京中を探し回れば見つかるだろうか。


 そんなことを考えていると、ハルさんがパッと笑顔になった。何か妙案を思いついたのかもしれない。


「あ! 灯さん! 確かおばあ様は灯さんが恋人を連れてくるのを、心待ちにしているのでは?」

「え!?」


 驚いた。藪から棒に何を言い出すのかと思えば。


 いや……でも、確かに以前そんなことを祖母に言われた気がする。


「でも私恋人いないよ?」


 いないものは連れていけない。無い袖は振れない。


「この際、本当の恋人である必要はありません!! おばあ様を喜ばせるためですから!! 誰か恋人役を頼める人はいませんか?」

「え〜」


 なんて暴論!


 思い当たる人……思い当たる人……いないかな。


 最近は特に気になる相手もいない。


「誰も思いつかないな〜」

「え、本当ですか?」


 ハルさんは悲しそうな、絶望したような顔をした。うんうん、そうだよね。頼める相手が1人もいないなんて、私も悲しい。


「どうしようかな〜。諦めるしかないのかな〜」


 せっかくハルさんが提案してくれたのだ。どうにかならないだろうか。


 気分転換にテレビをつけると、最近流行りのサービスについて特集をしていた。


──最近はレンタル彼氏・彼女が流行っていますね! 私も依頼したことありますよ! 一緒に買い物やご飯に行ったりするんです。1人で入りにくいお店とか、超助かります! お金をお支払いしてるので、時間を割いてもらっても罪悪感はありません!──


 タレントが身振り手振りを交えて、その素晴らしさを語っている。


 ふーん、なるほどなるほど。


「…………これだ!!!」

「と、灯さん?」

「ハルさん!! 私レンタルの人雇う!!」


 いやー、たまたまこんな情報知っちゃうなんて、私はとてもラッキーだ! ウキウキワクワクしていると、テレビではサービスを利用する際の注意点!という話に変わった。悪質業者や詐欺サイトによるトラブルもあるらしい。え、怖い。テンションが急降下して、私は元気のない植物のようにしなっ……となった。


「ま、待ってください! 灯さん、本当に本当に頼める人はいないんですか? 会社の人は?」


 ハルさんは焦っているようだ。どうしてだろう? 私が悪質業者や詐欺に引っかかる可能性を、心配しているのかな?


 会社の人か〜。あ……!! 思い当たる人が1人だけいる。あの人なら引き受けてくれるかもしれない。


 その人の名前を口に出そうとして、やっぱりやめた。


「会社の人に迷惑はかけられないよ」


 私は苦笑した。


「そうですか……」


 ハルさんは呟いた後、真顔で黙った。


 あれ? 随分長く黙っているがどうしたのだろう? まさか私が変なことばかり言ったせいで、壊れたんじゃないだろうか。


 私は宙を見てあれこれ考えを巡らせる。


「灯さん」


 どれくらいの時間が経ったか、ハルさんは突然私の名前を呼んだ。


 スマートフォンに目を向けると、彼女は笑っていた。いつも通りの優しい微笑み。


 いつも通り? 本当に?


「ハルさん……?」

「私の方で安全そうな方を見繕いますね。少々お待ちください!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る