第59話  聖騎士様、寝返る。

 

 赤い花の生えた平原だった。

 その花弁は細く、長く、ルークにはそれが彼岸花のように見えた。


「ライラ様っ!」


 花園の中心。立ち尽くしたライラはただ空を見上げていた。


「……様子が、おかしいな」


 勘だった。何か確信出来るような要素はなかった。ただ、嫌な感じがした。


 だからこそ、だった。


「っ!! ライラ様っ!?」


 ルークはマリアへと繰り出された刺突をどうにか弾く。


「遅かったっ!」


 間に合わなかった。ライラのその目は黒い雲に覆われたように、一切の光を反射しない。


「ライラ様っ! どうしたというのですかっ!」


「言葉で、解除出来るような魔法じゃないだろ」


「で、ですが……」


「こうなった以上は、戦うしかない」


 ルークは一旦、ライラとの距離を取るべく背後へと跳躍する。しかし。


「くっ! 下がることも許してくれないってか!?」


 背後に飛ぶルークよりも、ライラの方が幾分か速度に勝る。


「──連華」


 目にも止まらぬ刺突の嵐は、ルークの手足や顔、首。そこかしらの肌を薄く削るように裂く。


 スキルを発動したわけではない。それは研鑽を積み上げたライラの技術。


「マリアっ! すまんが、一回投げるぞっ!」

 

「え、えぇ!?」


 ルークは胴上げの要領で、マリアを背後に投げると、空いた右手でレイピアを掴んだ。


「ぐへっ!」


 背後からは、マリアのそんな声が聞こえたが、残念ながらそれに構っていられる状況ではなかった。


「聖騎士さんよぉ、何してんだよ。お前の役割は、あの子を守ることじゃねぇのか」


「……」


 返事はない。その代わりに、レイピアに力を込められ、ぐっと押し込まれる。


 スキル無しの力ではルークがやや有利。しかし、レイピアという形状ゆえに力を込め難い。


「ちっ、スキル《ゴッドハンド》」


「……!」


 ルークがやむおえず、スキルを発動するとライラは途端にレイピアを引き、後退した。


「ほんと、最悪の魔法だな」


 もしもここで、ライラを取り逃すか、放置でもしようものならば、手当たり次第に襲いかかるだろう。


 深い関係を持つマリアでさえも、こうして攻撃を受けたのだから、間違いない。


「さて、どうしたもんかなぁ」


 殺すことは、避けたい。しかし、手を抜こうにも、ライラ自身の実力が分からない以上それも難しい。


「救世主様っ! レイピアをっ! レイピアを狙ってくださいっ!」


 逡巡の途中、マリアの言葉が聞こえた。


「武器、か。確かにな」


 上手くいけば、無力化できるかも知れない。

 他の武装も


「──なら、頑張ってみるか」


***


 城門の外。群がるスケルトンたちをギンの刀はまるで、踊るように次々と両断していく。

 その姿は、妖艶な踊り子のようだった。


「ふぅ、休憩じゃ。少し疲れた」


 ギンは地面を覆う程、積み重ねられた幾多もの骨の上で、胡座を組む。

 大きく欠伸をした後で、ストラージから一本の瓶を取り出す。


「ギン……は大丈夫そうだな」


 周りのスケルトンを倒し終えたアテナは、ギンへと歩み寄ると、声を掛けた。


「おお、アテナよ。お主も一杯やるか?」


「流石に遠慮しておく」


 兵達の健闘もあってか、スケルトンの群れは既にその半数以上が討伐された。


 波状攻撃の第一波だとしても、存外に楽な仕事だ。なんて風に皆、感じていただろう。


「はあ、今日はこんなもののようじゃな」


 戦況を鑑みたようにスケルトン達は、カタカタと顎の骨を鳴らして、会話のような何かをした後に、踵を返し、来た方向へと撤退を始めた。


 その背を負う形で、兵士たちは馬を走らせる。


「私たちも追撃に行くか?」


「そんなことをしても意味はないじゃろう。儂らの仕事は、敵の殲滅ではなく、あくまで防衛じゃ」


「しかし、前線の連中が挟み撃ちになる可能性がある」


「あの程度の雑魚に背を打たれる如きで、死ぬような弱者はそもそも前線にはおるまい」


「……まあ、そうか」


 アテナは正直、驚いていた。転生者や召喚者は戦術に詳しい者が多いのは知っていたが、ギンは詳しいという範疇を超えている。


 戦況の分析、味方への的確な指示、冷静な判断能力。どれを取っても、一流かそれ以上。


 王国騎士団の参謀ですらも、ギンには及ばないほどだ。


「ギン。何故、そんなにも戦場に詳しいんだ?」


「あー、それはのう……儂のいた国は過去、戦争ばかりしておってな。そのせいか、兵法に触れることが多かったわけじゃ」


「ルークと同じ出身、だったか?」


「うむ。そうなるの」


「……」


 ならび、ルークも相当の能力を持っているのだろうか。末恐ろしいものだ、異世界から来た者たちは。


「アテナよ、儂は確信した」


 ギンは真面目な声音で、瓶の蓋を開ける。くぽんっと小気味のいい音が鳴った。


「何を、だ?」


「此度の戦は、やはりおかしい。これほどのスケルトンが誰にも悟られることなく、戦線を抜けたことも奇妙じゃし、聖女の結界が効力を失ったタイミングがあまりに良すぎるとは思わんか?」


 ギンは中の酒をぐびりと飲み下す。


 確かに、魔族とは通常他の魔族と手を組むことは好まない。プライドか、習性なのかは分からないが、そんな魔族達が法国に攻め入るまでの速度が早すぎるのだ。


 まるで、聖女の結界が消えることを知って準備していたかのように……。


「つまり、それは……」


「──ああ。どうやら敵は魔族だけではなさそうじゃ」




────


あとがき


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