第58話  大魔族VS聖騎士様


「ふむ、どうやら私が当たりくじを引いてしまったようだね」


 山岳の中腹、赤い花の生え揃った平原の中心。ライラは一人の魔族と相対していた。


 戦士アンナは何やら道中にて、他の魔族を見つけたらしく、怒り狂った獣の如く森の中を走り去ってしまったのだ。


「当たりくじ? 人間はどこまで愚かなのだ。当たりではなく、はずれであろうが。今より、無惨に死に晒すのだから」


 頭から生えた二本の角。その肌は龍のような鱗がびっしりと覆っている魔族の女。

 噂に違わぬ、その容姿。

 大魔族アーカムに他ならない。


「そうかな? 存外、逆かもしれないよ?」


 ライラはレイピアを抜き、その先端をアーカムへと向けて小さく笑った。


 大魔族アーカムに大魔族としての矜持、誇り、自信があるように、ライラにもそれらは存在していた。


「私とて、負けるつもりでこの場に来たわけではないからね」


「ふ、負けるつもりで戦う者などいないだろう」


「確かに……ねっ!」


 ライラは加速し、5メートルほどの距離を一瞬にして詰めると、目にも止まらぬ刺突を繰り出す。


「中々の速度だな。しかし」


 頬を掠めたレイピアを目で追いながら、ライラへと手を伸ばす。


「っ!?」


 それは一切の予備動作を必要としない魔法。

 魔力の塊を撃ち出す、極めてシンプルな攻撃。


 ライラは瞬時に左へと体を翻して、躱す。地面を転がり、再度レイピアを構えた。


「ほう?」


「なるほど、ノーモーションの魔法を扱えるのか」


「ふ、口だけではないようだな。だが、だからこそ残念だ」


「残念? 何がかな?」


「普通の大魔族であったならば、いい勝負が出来ただろうが、私はアーカムだからだ」


「へぇ、それはどういう……」


「──《損失物の追憶ロスト・リバーブレーション

 

 周囲は急激に天気を変える。暗雲が満ち満ち、視界が黒く染まる。


「これは、古代の魔法か……っ!? なんだっ!?」


 その耳に届いたのは、幼い少女の笑い声だった。何処かで聞き覚えのある、活発で天真爛漫な……。

 背後、ライラは振り返る。


「──あれ、は」


 その視線の先。そこにいたのは。


「お姉ちゃん、どうしたの?」


 少女。ライラと同じ金色の髪、同じ色の瞳をした可憐な十代にも及ばない幼い少女だった。


「っっ!!」


 鳥肌が立つ。見覚えがあるという次元の話ではない。何故ならば、その少女の正体は。


「私……なのか」


 紛れもなく、ライラ自身だったのだ。

 剣を握る前。聖騎士という重い肩書きを与えられる前。ただの少女だった頃の。


「ふ、面白い。その強さを得るために、お前は女としての幸せを、数多の将来を投げ捨てた。ふふふ、これだからこの魔法は止められない」


 放心状態となったライラへとゆっくりとアーカムは近づいていく。


「わ、私は……」


 足が震える。

 本当に欲しかったものを、得られたはずのものを捨てた過去。直面したライラはもはや剣すらも握れなかった。


「──どうだ? いいだろう? これは夢だが、この私に尽くすというのであれば、お前はこの夢の中で理想の世界を手に入れられる」


 その言葉は、蜜のように甘く、ライラの中にある感情が大きく揺さぶられる。


「そうなれば、お前は今よりもずっと幸せになれる。そうは──思わないか?」


***


「急ぐぞっ!」


「す、少しお待ちをっ!!」


 ルークはマリアを背に引き受けて、山道を直走っていた。


 何故ならば、マリアに《損失物の追憶》の本当の力を聞いたからだった。


「最悪のパターンだろ。あの二人が、あの二人のどちらかが敵に寝返るなんて」


 精神支配。失くしたものを破壊できず、逆に求めてしまった瞬間、その者の精神はアーカムの手中に収められる。


 それこそが、古代魔法損失物の追憶の効果だった。

 

「アンナ様であれば、あの魔法を受けても問題はないでしょう。しかし……」


「あの聖騎士は違うか」


「はい。おね……ライラ様はきっと大きく取り乱してしまう」


 やはり、マリアとライラの関係は深いのだろう。


「そりゃ、大変だな」


「お願いです、ライラ様を」


「分かってる。お前には一つ、借りがあるからな」


 無駄な血を流させた。それだけでルークがマリアの願いに応える理由は十分だった。


『主人様よっ!』


 頭に突如、声が響いた。


『なんだ?』


『すまんな、こちらでも戦いが始まったことを伝えておこうと思ってのう』


「なにっ!?」


「救世主様? どうかなさいましたか?」


 驚きで、頭の中で言った言葉は口からも飛び出ていたらしい。


『話は以上じゃ、儂が言いたいのはたった一言。お互いに生き残ろうぞ、主人様よ』


「ああ。死ぬなよ、ギン。アテナにも伝えてくれ」


 やはり、おかしい。そもそも、大聖堂での一件でも思ったが、魔族が容易に紛れ込めるはずがない。


「マリア、今法国は誰が支配してる?」


「は、はい?」


「なんで、俺たちに助けを求めた時、君主の法王が来なかった?」


「……」


「ほんとは、もう死んでるんじゃないのか?」


「っ!」


「そしてお前以外、法国にはもう一人の聖女がいるはずだろ? その顔も見ていない」


 この国に来る直前、レイズの言っていたことだ。


「それ、は」


「答えたくないなら、別にいい。今はアーカムを倒すのが優先だろ」


「いえ……これは、法国でも限られた者しか知らないことなのですが」


 マリアはごくりと喉を鳴らす。


「──法王 サリバーンともう一人の聖女 アンリシアは何者かに暗殺されたのです」




────


あとがき


お読みいただいてありがとうございます。

これからも頑張って続きを書いていきますので、作品フォローや星レビューを付けて応援していただけると、とても嬉しい限りです。

どうぞ、よろしくお願いします!


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る