第57話  二度目の別れとルークの決意


 マリアの背後に現れたそれは、金色に縁取られた純白の鎧を纏った光の化身だった。

 左手には白い円形の盾。右手には、人の身の丈ほどの剣を携えた巨人。


「──《粛清の守護者アーク・ガーディアン》」


 それは、言葉の通りの守護者。

 到底、容易には到達し得ない領域。

 一目見ただけで、ルークにはその持ちうる力の一端が分かった。


 恐らく攻撃力だけを見れば、ルークと同等かそれ以上かもしれない。


 けれど、そんなことよりも、自分が不甲斐ないせいでマリアに血を流させてしまったと言う事実の方が深く棘のように心に刺さった。


「マリア、手を出してくれ」


「救世主様?」


「いいから」


「わ、分かりました」


 不思議そうな顔をしながら、ルークへとマリアは腕を差し出す。

 出来たばかりの傷は赤く滲み、まだ血も止まっていなかった。


「……《ゴッドハンド》」


 ルークの手はスキルによって、淡い光を放ち、その傷を塞いでゆく。


「すまん、心配をかけた。もう大丈夫だ、俺がけじめはつける」


「救世主様……はい」


 化身は煙に巻かれるようにして、消失した。


「あー、ほんと俺ってやつは……」


 魔法を防げなかったのは、自らの責任だ。


「どうかしたの? ジンパチ?」


「ミライ、俺は……」


 君を殺さなくてはならない。言葉にこそしなかったが、その目がそう語っていた。


「……そっか。うん、分かった」


 ミライはその目に深く頷いて、小さく笑った。


「もう少し話したかったけど……仕方ないよね。私はもう死んでるんだし」


 言って、目を閉じるミライ。ルークが何をするつもりか既に理解しているようだった。


「ごめん」


「ジンパチが謝ることじゃないよ、うん。あー、なんか照れ臭いね」


「俺が……もっと強かったら」


「そうだね。でも、ジンパチが弱いなんて、私もユウキも一度だって思ったことはないよ」


「でも」


 目を逸らすルークに、ミライは呆れたように頬を膨らませる。


「もー、ジンパチはめんどくさいなぁ」


「……ごめん」


「冒険者には、なれた?」


「ああ、なった」


 目の前のミライはルークの記憶から形成された存在だ。だから、嘘をついたとしても、何の意味もない。

 頭では分かっていたけれど……。


「俺は、行くよ」


「そっか」


「二人の仇は、俺が取る。だから……」


「そんなこと、気にしないでいいのに。ユウキも私もジンパチが元気でいてくれるなら、それでいいんだよ」


 ルークは光る腕でミライの頬へと触れた。


「話せて、良かった。ごめん」


「──うん。元気でね、ジンパチ」


 その姿は次第に色を失い、消えてゆく。同時に、辺りを包んでいた霧は何処かへと去り、残ったのはルークとマリアの二人だけだった。


「「……」」


 お互いに何かを話す気にもなれず、沈黙が続く。


「あの聞いてもいいですか?」


 どうにか声を絞り出したのは、マリアだった。

 

「なんだ?」


「先程の方は……いえ、すみません。忘れて下さい」


「ああ、分かった。先を急ごう。アーカムとかいう奴はどうせ近くにいる」


 魔法の有効範囲は分からないが、周囲数キロにいるのは、間違いないだろう。


「──俺に、ミライを殺させた。これは、絶対に許さない」


***


「暇じゃのう」


 法国の城壁の上。大きな欠伸をしたギンが言った。


「おい」


「なんじゃ、アテナ。よもや貴様、儂にもう少し警戒しろとでも言うつもりか?」


 警備を開始して、早二日。


 壁の中の街は平和そのものだ。

 魔族は影も形もなく、一日に何度か周囲の街や村から避難民を受け入れるだけ。


 そのせいか、城壁を守るように命じられた兵士たちですら、気が抜けている。


「ルーク達は今、どうしている頃だろうな」


「主人様なら大丈夫じゃ、魔族といえど、あの力に勝てるものなぞ、片手の数にも満たんじゃろう。それよりも……おかしいとは思わんか?」


 ギンは鋭く細めた目をアテナへと向けた。


「何がだ?」


 アテナは首を傾げる


「何故、帝国に助けを求めに来たのは聖女じゃったのか。通常ならば、君主である法王が来る、それが筋ではないか?」


「……確かに」


「そして、今は機能しておらぬと言う聖女の結界。少し変じゃ」


「何故、聖女は存命であるにも関わらず、機能していないのか。ということか」


「そうじゃ」


 ギンは立ち上がると、城壁の張りによじ登り、その街並みを眺める。


「もしかすると、儂らが呼ばれたのは、ただの戦のためだけではないのかもしれぬな」


 ギンには、そう思えて仕方がなかった。

 何せ……。


「ギンっ!」


 アテナに名を呼ばれ、振り返るギン。

 そして、城門の外に見えたのは。


「──やっと始まったようじゃな。戦争が」


 夥しい数の骨の戦士。


「スケルトンとは、なんとも魔族らしい手で来たのう」



────


あとがき


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