第56話  古代魔法と亀甲縛り


「くっ!」


 ダンジョンの最奥。その主の実力は、シズクの想定を遥かに凌駕するものだった。


 魔法の行使に必要とされる詠唱すらも省略し、一切の動作なく撃ち出される魔法の数々は、魔族の中でも頂点に限りなく近いのだろう。


 しかし、シズクとてただの魔法使いではない。恐らく、人間の中では最強にして、最高の魔法使いなのだ。


「《ブリザード・チェイン》っ!!」


 度重なる氷魔法の応酬によって、空間の温度は著しく下がり、シズクの口からは白い息が漏れた。


「氷の拘束魔法か、うん。知ってる」


 少女は自身へと迫った氷の鎖達を一つ一つ、躱して、次第に距離を詰めていく。


「普通避けるっ!?」


「まあ、出来てしまうからね」


「ならっ!」


 シズクは杖を指先で一回転させて、その先端を地面へと突く。


「ブリザード……」


 しかし、唱え終わる前に。


「遅い」


「なっ!?」


 シズクの足元に小さな穴が生み出されると、瞬く間に一本の縄が蛇のようにその体にまとわりついた。


「ちょっ!? 何よこれっ!!」


「僕の趣味さ、やはりいじめるのは楽しいからね」


 からんとシズクの手から杖が溢れ落ちる。

 亀甲縛り。胸や腿、腰などボディーラインをむき出しにするような拘束。


「くっ! 知らない魔法ばかりっ!」


「まあ、私の用いるものは、古代の魔法だからね。昔は今のように戦闘用の魔法ばかりではなく、様々なものがあったんだよ?」


 バーミリオンはむふふと鼻息を荒げながら、わきわきと指を動かし、シズクへとにじり寄る。


「あ、あんた、何をする……気?」


「コミュニケーションさ、へへへ」


「や、やめなさいっ!」


 その後。シズクは全身を撫で回された。それこそ触れられていない場所はもはやないとすら思うほどに全身くまなくをだ。

 

 シズクの声から噛み殺された嬌声が漏れ出し、頬から耳に至るまでが真っ赤になった頃、

ヴァーミリオンはそれで満足したようで、拘束を解いた。


「随分と敏感だね、ルークに開発でもされたかな?」


「か、関係ないでしょ」


「図星か、やっぱりね。彼の手は気持ちよかっただろう? いやぁ師匠冥利に尽きる」


「師匠?」


「そうだとも。僕は彼に戦闘技術を教えたのも、女を堕とす方法を教えたのも、僕さ」


 つまりは、すべての元凶ではないか……。なんともシズクは複雑な気持ちになった。


「ここを教えたのは、ルークだろう? わざわざ何の用かな? いや、どうせ古代の魔法を教わりたいってところだね」


 バーミリオンはシズクの考えを見透かして、緩やかに口角を上げた。


「そうだなぁ、まずは何から話そうか。古代魔法は奥が深い。何かリクエストはあるかい?」


「……それなら、虚空魔法。ルークの使用したものについて、教えて欲しいわね」


 ふっと吹き消えるようにバーミリオンの顔から笑みが消える。


「あれは、ダメだね。間違いなく君には扱えないよ」

 

「なんで?」


「あれは才能や努力などでは到達できないものだからだよ」


「なら、他に何かいいのはない?」


「うーん、そうだね。それじゃあ、僕の知っている中で最も性格の悪いものを教えてあげよう」


「へぇ、なんて魔法?」


「──《損失物の追憶ロスト・リバーブレーション。私の知る限り、最も人に有効な呪文だよ?」


***


 ミライはもう死んだ。七年も前に。

 頭では理解していた。けれど、体は動かなかった。


「救世主様っ!」


「……ああ」


 ルークは辛うじて、返事はしたものの、心はそこになく、真っ直ぐに記憶の中の少女を見つめていた。


「あれはっ! 敵の魔法で作り出された存在ですっ!」


「ジンパチ、元気にしてた? 今は何をしてるの?」


 あの日のように、ミライは


「俺、は」


「ダメですっ! この魔法は貴方の記憶を読んでいるだけっ! 本物でもっ! 魂が残っている訳でもないっ!」


「分かってる、分かってるよ」


 《損失物の追憶》。古来に存在した失われし魔法。

 その効果は、対象となって人物の記憶から『かけがえのないものを失った記憶』を再現するもの。そして。


「この魔法を打ち破る方法はたった一つ。現れた幻影を破壊することだけなのですっ!」


「っ! 俺が、ミライを殺さなきゃいけないって、ことか?」


 出来るのか? それを、この手で? 

 優しい手だと、誰かを救う手だと言ってくれた相手を、その力で殺さなくてはいけないのか。


「……俺には、出来ない」


 たとえ、目の前にいる焦がれた少女がただの偽物だったとしても、自分の記憶から生まれた生き物ですらない存在だったとしても。


「俺は、嬉しいんだ。きっと」


 そう思ってしまったから。そう感じてしまったから。


「……救世主様。アーカムを倒せないのならば、きっと多くの者が死にます」


「……」


「この魔法は、一定以上の強さを抱える者。つまりは、その強さを抱えるに至った理由を持つ者にのみ有効な魔法です」


 マリアはルークの背後から出ると、ミライへと向かう。


「知っていますか? この世界では、抱えた強さと背負った悲しみが比例するように出来ているのですよ」


 マリアの手には一本の短刀があった。


「待てっ! やめろっ!」

 

「彼女を倒さなければ、私達は先に進めない。いえ、ここ・・からは出られないのです」


「……っ!」


 ルークは眼球の動きによって周囲を見る。確かに、当たりはいつの間にやら深い霧に包まれている。


「──聖女マリアの名において」


 マリアは修道服の袖を捲る。顕になったのは、白い肌。しかし、それよりも。


「お前……その傷」


 何本にも渡って、鋭い刃物によって傷つけられた跡。


「救世主様。私をただの戦いを知らぬ乙女であると、侮らないで下さいね」


 血が流れた。

 その肌の表面を刃は真っ直ぐに刻む。


「──これよりお見せするのは、聖女にのみ許された力。召喚技法です」



────


あとがき


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