第55話  死者との再会、そして


「こっちだっ!」


「いいや、子猫ちゃん。こっちの道さ」


 形成された戦線よりもやや前方。

 魔族によって占領された山岳地帯、その峠道だ。


 二本の道のうち、ライラは左を、アンナは右に行くべきだと。言い始めたのだ。


「どっちでもいいだろ……」


 ルークらの部隊には、他の部隊とは違う任務が与えられていた。

 それは、ミリーダの斥候によって発見された大魔族の一人、《憂鱗》のアーカムの討伐だ。


 龍の角を持ち、肌には鱗が這うというその大魔族によって、既に少なくとも四つの村と二つの街が滅ぼされたらしい。


 なのに、その討伐を命じられた部隊は、どう考えても相性の悪い三人組。

 ……法国、ほんとにそれでいいのか?


「けっ、勝手にしやがれ。俺はこっちに行くからなっ!」


「ふっ。仕方ないね。私もそちらに行くとしようか」


 結局、ライラが折れたようで、右の道に進むことになった。また、分かれ道が現れる度にこんな茶番をしなければいけないのかと思うと、ため息が出そうだ。


「ルーク君もついてきたまえ。はぐれられれば、いい迷惑だ」


「あー、俺はパス」


「なんだって?」


「先に行っててくれ。ちょっとお花を積みたいんだよ」


「……ふっ、ならさっさと済ませて来るといい、私は子猫ちゃんとゆっくり歩みを進めることにするよ」


「ぜひ、そうしてくれ」


 二人は歩き始めた。ルークは二人の背中をしばらく見送った後で、踵を返し、背後の茂みを睨んだ。


「さっきから、ずっと付いてきてるけど、何か用か?」


 二人が気づいていたのか、それとも気づいていなかったのかは分からないが、少なくともルークには気づかないふりをすることは出来なかった。


「敵か? 味方か? どっちでもいいから早く出てこい」


 とはいえ、ルークはさほど危機感を持ってはいなかった。何せ、その存在を察知できたということは、少なくともこれまで相対した数名よりかは間違いなく弱い。


「……バレて、しまいましたか」


「はぁ!?」


 修道服。何故だか手には、二本の枝。カモフラージュのつもりらしいがそれにしたって杜撰だ。いや、そんなことよりも……。


「マリア? なんでこんなところにいる?」


「えーと、その……」


 マリアは気まずそうに目線を泳がせて、人差し指を突き合わせた。


「私にも、何か出来ることはないかなぁ、と」


「よし、なら帰って大人しくしてろ」


「そんなぁ」


「お前がやられたらこっちは負けになるんだろうが。そこまでして何が目的だ?」


 マリアの存在は、法国において象徴的とも言える。ただでさえ戦いが始まり、民草の心が揺らいでいるというのに。


「アーカムの討伐。きっと今のままでは不可能に近い。そう思うのです」


「はあ? なんで?」


 それぞれの仲は険悪だが、戦力的には申し分ない。


「アーカムは、古来より伝わる特別な魔法を用いるからです」


「……古来の魔法、か」


 言葉を聞くなり、思い浮かんだのは、帝国のダンジョンの奥底に篭る魔族の少女。


 数百年間、生き続けていると言うその少女も同様に幾つかの失われた魔法を扱えるからだ。


「問題ない、俺のスキルなら防げる」


 しかし、いかに強力な魔法とて、ルークのスキルにとっては、他の魔法と大差はない。

 何せ、そもそもの話。


「いえ、不可能です。何故なら……」


 瞬間。晴れ渡っていた空は突如として、黒く重い雲によって覆われ始めた。


「っ! 気をつけてっ!」


 反射的に、ルークはマリアの体を抱きしめ、何処から来るとも分からない攻撃に備えた。


 しかし、暗雲はルークらに雷を落とすわけでも、立っていられないほどの豪雨を注ぐわけでもなかった。


 ただ、その視界内の光を、全て覆い隠しただけだった。それもたった数秒の間だ。


 瞬きのうちに、暗雲は何処かへと消え去り、すぐに元の状況へと戻っていた。


「なんだったんだ? 今の……」


 今のも魔法だったのだろうが、いまいちどういった効力を示すものだったのかは、理解できない。


「……最悪の状況です、救世主様」


「何?」


 苦虫を噛み潰したようなマリア。少なくとも、先ほどの魔法について、何かを知っているようだった。


「どんな魔法なんだ、これは」


 ルークは問う。

 古来には存在していながらも、今現在は失われたとされるその魔法についてを。


「先ほどの魔法は、間違いなくアーカムにのみ扱える古代魔法──《損失物の残響ロスト・リバーブレーション》です」


「そりゃ大層な名前だな」


 強そうな名前ではあるが、その効果が分からない以上はなんとも……。


「──ジンパチ、久々だね」


「っっ!!」


 後ろから、声が聞こえた。その柔らかく暖かい響きに、心臓は大きく跳ねた。


 あり得ないからだ。その声が聞こえるはずがない。何故ならば。


「──ミラ、イ?」


 息が上がり、心臓がすぐにでも口から飛び出してしまいそうだった。


 ゆっくりとルークが振り返る。

 そこにいたのは。


「ジンパチ、大人になったね? うん。結構カッコいいかも」


 その姿は、あの日のままだった。

 目も、顔も、服装だって記憶の中のミライそのものだった。


 とうに死んだはずのミライが今、確かに目の前にいた。


「救世主様っ! 落ち着いて下さいっ! これが、これがあの魔法の効果なのですっ!!」


 マリアによって、肩を揺すられ、手を引かれる。けれど。


「本当に、ミライ……なのか?」


 ルークはその目をミライから離すことは出来なかった。



────


あとがき


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