第53話  始まる戦争、魔族について


 魔族とは、簡単に言うなら、人に近い姿形をした魔物だと言われている。


 大きな差は、人間の国に属するか、魔王の陣営に属するか。そして、魔法を生まれつき行使出来るため、その練度や魔力に対する親和性が人間とは比べ物にならない点だ。


 身体能力も同様に同じ体格であっても平均二倍から三倍と怪物的だ。


 従って、人では魔族には勝てない。一般的な見解を言えば、そういうことになる。


 しかし、例外があるとするならば、スキル。

 生まれ持った才能。


 この世のルールなのかは知らないが、魔族に転生者はいないのだ。


「む、食わぬのか? 主人様よ」


「……食う、が」


 夕方、ルークらは法国で最も有名な飲食店に訪れていた。

 明日には魔族との戦いが始まるだろう。そうなれば、まともな食事を食べることも難しいだろうからだ。


 テーブルに並ぶ豪勢な食事を目の前に、それぞれギンは酒を飲み、アテナはがっつき、ミリーダはルークの腕に引っ付いていた。


「そう言えばじゃが、主人様の配置は何処じゃった?」


「あー、それな」


 今回の戦いは、簡単に分けて、三つの役割がある。


 一つは、ここ法国の都の防衛。

 もしも、ここが落ちれば、国としての機能は絶たれ、周りの街や村からの避難民を受け止める術を失う。

 

 つまりは負けだ。だからこそ、何よりも厳重に守り切る必要がある。そのための役割。


 もう一つは、周辺の村や町への助太刀を主とする遊撃部隊。それぞれを拠点として運用し、前線への食糧や武具の輸送を迅速に行うための役割。


 そして、最後の一つ。それこそが侵攻する魔族と対峙し、大きく削る役割。

 

「儂は、ここの防衛。退屈そうで今から欠伸が出そうじゃ」


「……そうか、まあ与えられたからには仕方ないな」


「お主らは?」


 ギンはアテナとミリーダへと目をやる。


「私のギンと同じく、ここの防衛だ。よろしく頼む」


「ミリーダは?」


「私は遊撃部隊」


 不満そうに言った。


「まあ、ミリーダの機動力は遊撃部隊が一番行きそうだけどな」


「ジンパチは?」


「俺は、最前線。なんだがなぁ……」


 ルークは頭を抱える。

 別に最前線が嫌なわけではなく、振り分けられた部隊が問題なのであった。


「はぁ、めんどくせー」


 基本的には、魔族は強者だ。一人と戦うのに、三人から五人が必要とされる。

 だからこそ、分けられたわけなのだが。


「おいっ! 店主っ! 肉だ肉っ!! もっと持ってこいっ!」


「は、はいぃ!!」


 少し離れた席で、そんな傲慢な言葉が聞こえた。なんともマナーが悪い奴……とはいえ、それが顔見知りなのだから、複雑な気分だ。


「騒がしいと思ったら、子猫ちゃんではないか」


 一人の客が立ち上がる。


「お? てめぇは……」


「ここは静かに食べる所だよ? よく食べる女の子は私も嫌いではないが、転生者の言葉にこう言う目のがあるだろう? 郷に入っては郷に従えと、ね」


「知らねぇ、そんなことはよ。それよりも、お前! 俺と戦えっ!」


「ダメだよ、子猫ちゃん。私は聖騎士と呼ばれる存在。私の力は相応しい敵にのみ使うものだからね」


 地獄。人の話を聞かない獣のような女戦士と、それでも優雅に語りかける聖騎士。


「ほんと、大丈夫か? うちの部隊は……」


 そう、その二人こそが紛れもない。ルークの部隊員なのであった。


***


 夕食を終え、宿屋の部屋に帰ったルーク。当然のように同じ部屋に入ってきたミリーダも既にベッドで寝ている。


 椅子に座り、本を読むルークは大きな欠伸をする。


「主人様よ、起きておるか?」


 ドアがノックされ、ギンの声が響いた。


「起きてる、どうかしたか?」


「外で少し話せるか?」


「……分かった」


 ルークは本を閉じ、ストレージに仕舞い込むと扉へと向かった。

 

「なんだ?」


 部屋を出て、扉を閉める。ギンは目の前の壁に背を預けていた。


「単刀直入に言うが、儂やアテナ。ミリーダを最前線の配置にしなかったのは、主人様の仕業ではないか?」


「……」


「やはり、図星か」


 流石はギン。恐らくは夕食の際にでも、ルークの態度から読み取ったのだろう。


「何故? 儂、ミリーダ、アテナならば魔族相手にも遅れはとるまいよ。防衛や遊撃が重要なのも理解は出来るが、やはり此度の戦において最も重要なのは、最前線じゃろう」


 その通り。防衛や遊撃も重要ではあるが、それは最前線の戦いが最低でも拮抗状態になければ、成立しない話だ。


「そうだな、そうだと俺も思う」


「ならば、何故じゃ? 何故、儂らを信じてはくれんのじゃ」


 いつもと変わらぬはずの、その声音は何処か憤っているように感じた。


「……単純な話だ、俺がいれば前線は安泰。となれば、不安要素が残るのは他。そう思ったからだ」


「──嘘じゃな、お主は怖いんじゃろう。仲間を失うことが」


「っ!」


 図星。そう思わざるを得ないほど、その言葉にルークの心臓がどきりと跳ねた。


「だったら、なんだ?」


 認めなければ良かった。ルークはそう言ってから軽く後悔をする。


「いや、何も文句はないとも。主人様よ。ただ……」


 ギンは小さく笑う。そして、踵を返した。


「ただ、少しは信頼して欲しかった。それだけなのじゃ」


 その背中に、ルークは声をかけることが出来なかった。

 どちらが正しいだとか、間違っているだとか。きっとそんな程度の低い話ではないのだ。


 でも、きっと。


「──俺は、仲間おまえらさえ生きていてくれるなら、法国なんて滅んでもいい」


 仲間を失うことだけは、もう、嫌だったから。


 



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