第50話  懇願する聖女様、法国の危機……らしい


「ちょ、離れろってっ!」


「嫌です、救世主様ぁ」


 街のストリート。

 商店が立ち並ぶ大通りを二人は行く。


「おい、見ろよ。修道女……なのか? あれ」

「さあな、どちらにしても、随分な美女だぞ。羨ましい……」

 

 そりゃあ、清純や清楚の代表と言ってもいい修道女がこうして、男と手を組んで歩いていれば、相応に目立つ訳で。


「そう言えば、名前。聞いてないよな?」


「ん、確かにそうですね。申し訳ございません、救世主様」


 ようやっと少女は腕を離すと、胸の前で手を組み、いかにも修道女と言った様子で見つめてきた。


「わたくしは、法国の聖女が一人。マリア・フォン・デンツ。以後お見知り置きを」


 マジで聖女だったのかよ……。そんな感想で頭はいっぱいだ。


 というか、聖女に手を出したともなれば、国際問題なのでは?


「救世主様? どうかなさいましたか?」


「いや、別に」


 よし、この件は誰にもバレないように隠し通そう。

 ルークとて、首は惜しい。


「……あんた、レイズに会いにきたんだろ?」


「はい、そうです。帝国軍幹部のレイズ・ヴァランタイン様に」


 法国がうんたらと言っていたが、よもや。


「一応聞いておきたいんだが、さっきの法国を救ってくれってのは、どういうことだ?」


 ルークが問うと、少女は途端に態度を変える。


「──法国は現在、滅亡の危機に瀕しているのです」


「へー」


「な、なんですか。その反応……」


「いや、めんどくさそうなイベントが始まったなって思って」


 RPGなら一大イベントだろう。のくせして、分配式で大した報酬も貰えない系の。


「──ジン、パチ?」


 がさりと麻袋が落ちる音がした。

 ぞくっ。聞き覚えのある声……というより、そう呼ぶのはたった一人しかいない。

 

 恐る恐る声の方向に目を向けると。


「誰? その女」


 ブラックホールのような闇に染まった目をしたミリーダの姿があった。


「み、ミリーダ……そ、そのこれは」


「誤解? それともまた新しい雌豚が増えたの?」


 怖い、怖すぎる。


「雌豚? 救世主様は豚を何匹か飼っているのですか?」


 腕を掴まれ、もにゅん。修道服越しに柔らかな感触が伝わる。


「……コロス」


「お、落ち着け! ミリーダっ!」


「チョットメヲハナシタスキニオンナニバッカリカマケテワタシニハゼンゼンカマッテクレナイ……」


 言葉というよりほとんど呪詛だ。

 

「お知り合い……ですよね?」


「違う、恋人。私はジンパチの」


 ぐっとルークに詰め寄ってきたミリーダはマリアに睨みを効かせながら強調しながら言う。


「なるほど! 救世主様は女性によく好かれるのですね」


「かも、な」


「ジンパチ、レイズの家まで一緒に行こ?」


 会いていた方の腕にミリーダが引っ付いた。

 歩きにくさは、二倍。


「あ、そうだ。ミリーダ、このマリアはレイズのお客さんだ」


「……ほんと?」


「ほんと、ほんと」


「なら一旦、見逃してあげる」


「ありがとうございます……」


 そうして、ルークら三人はレイズの屋敷へと向かったのだった。……何度か、その間に口論をしながらだったが。


***


「……それで、これはどういう状況?」


「レイズ。それを聞きたいのは、俺の方だ」


 長い机の置かれたレイズ邸の一室、大人数で食事をするための部屋だ。


 テーブルを挟んだ向かい側には、レイズが座っている。珍しく、帝国軍の制服姿だ。


「お初にお目にかかります。私は、マリア。法国の聖女でございます」


「え、ええ。知っているわ」


 レイズの視線の先、それは。


「ルーク、貴女随分と仲良くなったのね」


 椅子に座りながらも、ルークに肩を寄せたマリアだ。


「はい。わたくし、この方を救世主様と確信していますので」


「……だ、そうです」


「へー、最近の貴方は見境すらも無くしたのね」


 レイズの視線が突き刺さる。もはや、凶器よりも凶器だ。


「ジンパチ、あーん」


 マリアとは逆側のミリーダは先ほどからテーブルの上の葡萄をしきりに、ルークの口へと運んでくる。


「いや、その……もう腹が」


 既に食事は済ませてあるし、葡萄も多分一房以上は食べさせられている。


「あーん」


「あ、はい。ありがたく」


 もぐもぐもぐ。これはミリーダなりの思いやりだと信じよう。


「それで、話とは?」


「それなのですが……」


 飲み込めず、咀嚼ばかりを繰り返すルークの隣、マリアは立ち上がった。


「魔族に襲撃を今なお受け続けている法国にお力添えをお願いしたいのです」


「何があったのですか? 法国は常に結界が貼ってあるはずでしょう?」


 ルークも頷きはしなかったが、そう思った。

 法国の領土には、聖女の結界が張られている。人は倒しても、魔族は近寄ることすらできないはずだ。


「それが……もはや、結界は機能していないのです」


「なんですって?」


 レイズは眉根を寄せる。

 それはつまり……。


「凡庸な魔族一人の相手にすら、凄腕の冒険者五人は必要と言われるのじゃ、流石に辛かろうな」


 ルークの気持ちを代弁したのは、ドアを開き、入ってきたギンだった。


「ええ、その通りです。我々にはもはや打つ手はなく……」


 マリアの言葉は尻すぼみに消えてしまった。

 とはいえ、だ。


「軍の派遣は、私一人に決められることではないわね。少なくとも、幹部三人以上の同意がいる」


「そ、そんな……それでは間に合いません」


「しかし、放っておく訳にもいかないでしょう。法国が滅んだとあれば、次に攻められるのは恐らく帝国」


 突然、レイズの視線がルークへと向く。

 残念ながら、そういうことらしい。


「よって、軍を本格的に動かすまで、私の私兵、五千と腕の立つ者を送るというのではどうでしょうか?」


「ほ、本当ですかっ!?」


「ええ」


 やはり、向かわされるのはルーク達らしい。非常に残念ながら。


「ルーク、任せられるわよね?」


「あ、はい」


 上司の命令とあれば、拒否権はない。


「ま、まあ、頑張りますか」


 しかし、ルークはこの言葉をすぐに後悔することになるとは、夢にも思っていなかった。



────


あとがき


お読みいただいてありがとうございます。

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どうぞ、よろしくお願いします!


 


 

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