第47話  勝者の褒美と敗者の末路


「くくっ、はははっ!!」


 森の中に、男の笑い声が深々と響く。

 纏うローブはもはや、擦れた布と化し、全身はよろめきながらも前へと進む。


「あーあ、負けた負けた。ありゃバケモンだな」


 がくりとその体はバランスを崩す。


「くはー、足に力入らねー」


 キサメは大の字に地面へと寝転んだ。視界には、登り始めた朝日の輪郭が入った。


『──どうでした? 依頼の方は?』


 それは、声ではなく脳に直接響く振動のようなものだった。

 ローブの下、首から下げたネックレスのトップ。共鳴の指輪の効力だ。


「あ? なんだ、あんたか。一応達成はしたぜ。聖獣の討伐。やったのは俺じゃないがな」


 対して、キサメは口から言葉を吐いた。

 頭の中で言葉を作るのも今の状態では難しかったからだ。


『ふふ、そうですか。構いませんよ。あれを殺していただけたのなら、ね』


 その柔らかな声は、優しげとも取れるかもしれない。しかし、何処か排他的な態度だとも感じさせる。


「俺、思うんだがよ」


『またそれですか。何をですか?』


「先代の勇者、要はあんたの先輩に当たるわけだ。その忘れ形見を自分で殺さなくて良かったのか?」


『……ふっ、答える義理はありませんね。何せ貴方は私の仲間ではないのですから』


「あ? って、おい……ちっ、反応しねぇ」


 キサメはため息を吐き、じっと空を見上げた。

 今だに空には星が並ぶ。しかし、徐々に昇ってきた太陽によって、徐々に見えなくなっていく。


「……っ、やべぇな。この距離まで近付かれねぇと気づかないなんて、相当弱ってんのか俺」


 その視界の片隅に写ったのは、金色の体毛。

 真っ直ぐとキサメへと歩いてくる。


「んだよ、ニセ聖獣かよ。ははっ、俺を食いに来たってか?」


 とはいえ、既に戦う体力はない。食らいつかれようが、踏み潰されようが逃げることさえ出来ないだろう。


「知りもしなかった奴に負けて、挙句熊に食われる、か。こりゃ、地獄じゃ笑い者だな」


 黄金の熊は、倒れたキサメを見下ろして口を開く。

 牙が垣間見え、血の匂いがした。


「やるなら、首を一噛みで頼むぜ?」


 キサメが笑い、目を閉じたその刹那だった。


「──だめぇぇ!!」


 鼓膜を震わせたのは、少女の絶叫だった。


「……んだよ、ガキ。お前か」


 今一度目を開き、目を向けると、そこにいたのはアイリーンだった。

 顔をくしゃくしゃに歪めて、その眼孔からは大粒の涙が流れていた。


「食べちゃダメっ! この人はっ!」


 アイリーンはキサメと熊の間に割って入ると、両手を広げて庇う。


「余計なことすんな。負けたやつはこうなる定めだろ、お前こそさっさと何処へなり消えちまえ」


「い、いやですっ! 私は貴方と一緒にいたいからっ!」


「……聞き分けの悪いガキだなぁ」


「っ!」

 

 熊はアイリーンを押し除けて、その顔をキサメの首へと近づけた。

 そして。


「はあ? 食うんじゃないのかよ?」


 ざらざらとした舌で舐めてくる。まるで。


「──その熊は、悪しき者のみを喰らうのです。どうやら、貴方は違うようですね」


 木々の隙間から姿を現したのは、エルフの族長。エルンだった。


「な、何をするつもりっ!?」


「エルフの秘術で、その方を治します」


「っ!?」


 アイリーンは目を白黒させた。


「本気か? 俺はお前の仲間を殺したんだぞ?」


「ええ、分かっています。しかし、先に戦闘を始めたのは、貴方ではない。それに、貴方が攻撃した理由は、外れた矢がアイリーンに当たるの可能性があったからなのでしょう?」


「……はあ、なんのことだよ」

 

「ふっ、そうですか。減らず口も治して差し上げましょうか?」


「ふ、変な奴だなお前」


 そうして、キサメは治療を受ける。瞬く間にその体は癒えた。

 すぐにキサメは立ち上がる。


「はっ、俺は帰る。んじゃあな」


「ま、待って。私も」


 キサメのローブの裾をアイリーンは掴む。


「お前はエルフだろ? ここで生きるのが楽だぜ?」


「そんなの関係ない。私は、貴方といたいから」


 どこまでも真っ直ぐで、愚かな目だ。人を信じ切ったそういうもの。


「……あっそ、勝手にしろ」


「うんっ!」


 そうして、二人は森へと消えた。

 互いに歩幅を合わせるように、歩いていった。


***


「ん、ここは?」


 ルークが意識を取り戻すと、まず目に見えたのは、白い天井だった。

 開かれた窓辺からは陽の光が差し込み、カーテンが揺れている。


「あれ、なんでレイズの屋敷にいるんだ?」


 見覚えのある部屋。確か、レイズ邸の客間。


「お、起きたか。主人様よ」


「無事だったか」


 ドアが開き、入って来たのはアテナとギンだった。

 そのままベッドの横に座るギン、アテナは近くの椅子に腰掛けた。


「果実は? どうなった?」


「安心せい。とうに、ミリーダとかいう娘に食べさせたわ。どうやら、エルン曰く半日は起きぬらしい」


「……そうか、良かった」


 ほっと胸の中の緊張が緩む。どうやら、目的は達成出来たようだ。


「ところで、相談なのじゃが、主人様よ」


「ん? なんだ?」


「儂は主人様の命令を守れず、キサメとかいうのに敗れてしもうた」


「お、おう」


 謝罪、なのだろうか。少し意外だ。

 ルークは戸惑いながらも頷く。


「──ともなれば、おいたをした雌には躾が必要じゃろう?」


「「え?」」


 アテナとルークの声が被る。


「お、おい。ギン? 何を言っている?」


「アテナ。儂もお主もお仕置きされてしまうのじゃよ、何せ……」


 とろんとした瞳を向け、着物をはだけさせるギン。


「儂らは、主人様専用の愛玩動物なのじゃからな」


「っっっ!!??」


 顔を真っ赤に染めて、自らの体を抱きしめるアテナはギンとは対照的にきっとルークを睨む。


「まだ……昼間じゃないのか?」


「安心せい、レイズという女も今はこの屋敷にはおらん。動けるのは、儂ら三人だけじゃよ?」



────


あとがき


お読みいただいてありがとうございます。

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