第46話  衝突、エルフの森の最終決戦


 魔剣グリムの一撃によって、聖獣は体の大部分を消失し、残ったのは地に立つ一本の足のみだった。


「化け物め、普通なら跡形も残らないだろ」


「とはいえ、死んだんだろ? あれは。なら、次は俺の番ってわけだ」


「……いや」


 なんとなく、嫌な予感がした。そのせいか、ルークは聖獣の欠片から目を離せなかった。


「おいおい、疲れたから今日は無理とか言うつもりじゃねぇだろうなぁ? って……あ?」


 キサメも違和感に気づいたようだった。


「まだ、終わってないのか?」


 聖獣の足、その関節が小さく動いた。その切り離された断面からは筋繊維がうねうねと踊り始める。


「ちっ! まだ生きてやがるのかっ!」


 キサメは苛立ちを隠そうともせず、糸によって弓を形成し、即座に構える。


「くたばりやがれっ」


「……いや、待て」


「はあ?」


 様子がおかしい。再生の速度が遅すぎる。筋繊維はどうにか体を作り直そうとしているのだろうが、もはやそんな力すらも残っていないように見える。


 そうして、数秒の沈黙ののち、聖獣の足はばたんと倒れた。

 その体毛は、風に散り、肉は白く灰色に霞んでいく。


「先代の勇者が倒せなかった聖獣。確かに何度殺してもこんな風に再生し続けるから、封印するしか手はなかったんだろうな」


 しかし、それも数百年前の話。封印の内部でも時が流れていたとしたならば、とうに寿命を迎えていてもおかしくはない。


 ルークは魔剣をストレージへと戻した。


「つまんねぇ、結局全部持ってきやがって……まあ、兄ちゃんと殺し合えればそれでいいがな?」


 キサメも同じく弓を仕舞い、軽く伸びをして、ルークへと向き直った。


「男に言われても嬉しくねぇよ」


 互いに、敵同士。共闘する理由もなくなった。

 ともなれば。


「──ははっ! やっと本気だっ!!」


 先に仕掛けたのはキサメだった。糸を地面と平行に繰り出し、ルークの視界に一線の黒が走る。


「いきなりかよ」


 ルークは頭を下げて、躱すと爪先で地面を削るように加速した。


 糸。先ほど、自らが言っていたように、鋼鉄にすらも並ぶ強度を誇るそれが遠心力の力を用いて、振り抜かれたのならば。


 ルークの背後で、数本の木々が軋む。

 その太い幹は容易に切断され地面へと伏し、土煙を上げる。


「やっぱ、ただじゃ済まないよな」


 ルークはその光景を横目で確認し終えて、拳を握る。


「──《ゴッドハンド》」


 条件は同じだ。お互いに当たれば終わり。

 そして、その時点で。


「っ!? 速いっ!?」


「この距離に接近したなら、俺の方が勝つぞ」


 両者の間合いは一メートルを割り込んだ。

 腕を繰り出せば間違いなく当たる距離。


「終わりだ」


 ルークは確信する。しかし。


「その態勢だ、それを待ってた」


「っ!?」


 両足に糸がまとわりつく。腰、胴体と背後から伸びた糸によって、途端に動かなくなった。


「さっきの拘束は安易だったよな。拘束したとして、腕が使える状態なら意味はない」


「確かにな」


「言葉を返すようで悪いが……」


 キサメの腕に何層にもわたって、糸が絡みつく。肥大化したそれはもはや拳と呼ぶ方すら出来ない。


「これで、終わりだなっ! 兄ちゃんっ!」


 糸の塊はルークの腹部へと直撃し、同時にその体を包んでいた糸達すらも千切れ飛ぶ。

 しかし。


「……なぜ、立ってる?」


 ルークは倒れてはいなかった。

 そして。


「──悪いが、勘違いをさせたようだな」


「はぁ!? なんのことだっ!」


 左腕だった。確かに開かれたその手は、腹部への攻撃を受け止めていたのだ。


「俺のスキルはゴッドハンドだけじゃない、《身体強化》も高いレベルで使えるんだ」


 全身の拘束を引き千切れなくとも、腕の一本くらいであれば、どうにか抜け出せる。

 そして。


「言ったろ? 終わりだってな」


「くっ!?」


 左腕一本のみ。ルークは振りかぶり、そして。


「じゃあな、嫌いじゃなかったぜ。お前」


 輝く光を纏ったその拳は確かにキサメの頬を捉えたのだった。



────


あとがき


お読みいただいてありがとうございます。

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