第45話  魔剣の一撃とエルフの果実


「これ、本当に使えるもんか?」


 三年前、ダンジョンの最奥。

 渡された禍々しい直剣を見た素直な感想だった。

 

「使えるとも、間違いなく君のスキルならね」


 ヴァーミリオンの見解はそうだった。とはいえ、呪いが無効化できたとしても……。


「俺、剣とか使える気がしないんだが」


 何度か握ったことはある。が、まともに振ったこともない。


「なら、努力するしかないね。なに、心配はいらない。この私が直々に稽古をつけてあげるからね」


「……あ、はい」


 そうして、約二年に渡って、剣術というものを叩き込まれたのである。


 一対一における剣同士の戦いから集団戦闘、他種の武具の対処、エトセトラに至るまで、あまりにも過酷なものだったのだが。


「感謝してるよ、今となっては。……クソしんどかったけど」


 剣先を天高く掲げて、渾身の力を込める。


「さあ、見せてくれ。お前の切れ味を」


 同時に、刀身はその黒煙のような波動を撒き散らし、大気を揺るがす。


「けっ、とんでもない技隠してやがるなぁ。兄ちゃん」


「下がってろ、悪党。命は流石に惜しいだろ?」


 別にその言葉はルークにとって誇張でもなんでもなかった。脅しというわけでもない。

 ただ純粋に久々の魔剣ということもあって、どこまで巻き込んでしまうのか分からないからだった。


「はっ。今だけは兄ちゃんに任せてやるが、聖獣の後は、タイマンだからな」


「あーもう、黙っててくれますぅ? こちとら加減が難しいんだよっ!」


「はー、ムカつくやつだな。んじゃ、手伝ってやるよ」


 正面に鎮座する聖獣へと、キサメは開いた手を差し向ける。


「──影さえ掴めば、相手は関係ねぇ」


 聖獣が全身の毛を逆立てたのも束の間、その首に影が絡みつく。

 鋭利な爪によって、切り裂かんと聖獣は前足を振るものの、糸は決して断てない。


「ほら、これで綺麗にやれるだろ?」


「お前……悪党の癖に気がきくな」


 蓄積された魔剣グリムの呪いの奔流。

 ルークはそれを放つ。


魔剣技解放グリム


 ついに、聖獣へと撃ち出されたそれは、もはや剣によって作り出されたとは思えぬほどの魔力の塊だった。


「──悪いが、終わりだ」


 その一撃は確かに、聖獣へと直撃を果たしたのだった。


***


 エルフの森の奥。世界で最も巨大であろう木。通称を世界樹と呼ばれるそれは、あらゆる攻撃に対しての耐性がある。

 エルフらとギン達が逃げ込んだのは、樹洞の中だった。


 そうして、30分ほどが経った頃。


「エルンと言ったのう? なんでも、この森の長だとか」


「はい、その通りです」


 ギンは胡座をかき、水を飲み下した後で目の前に座るエルンへと目をやる。


 どう見ても、歳はのいかぬ少女である。とはいえ、エルフの寿命は先ほども聞いたように千年を超えるらしいから当てにはならない。


「聞かせてもらえるか? 果実の場所を」


「族長っ!!」


 避難したエルフの一人が声を上げる。しかして、エルンはそれを手で遮ると、真っ直ぐにギンを見やった。


「……いいでしょう。しかし、その前に私はけじめを付けなければならないようです。そのため、その後ででも構いませんか?」


「うむ」


「感謝します」


 エルンは立ち上がると、樹洞の壁際、アテナらの方へと向かった。


「話があります。確か……アイリーンと言いましたね?」


 その目が見据えていたのは、エーリカでも、アテナでもなく、聖獣を解き放った張本人。

 アイリーンだった。


「聖獣を解き放ったことを、私は謝るつもりはありません。だって、母は……」


「その件ではない。私が言っているのは、貴女の母……エヴァのことです」


「っ、なんで名前を」


「当然ですとも。何せ……」


 エルンはぐっと奥歯を噛み締めた。


「──貴女の母が命を賭して、守った妹。それが私、エルンですから」


「……嘘っ」


「事実です。私はエヴァの妹、この中のエルフならば誰もが知っていることです」


 その目が事実であると、何よりも物語っているようにアテナには見えた。

 苦しむようなその表情には深い後悔と懺悔の影が見えた。


「貴女を罪を責めることは出来ない。貴女にそうさせたのは私だから。……しかし、それの憎悪を向けるのは、私に対してだけにしてくれませんか?」


「……」


 アイリーンは俯いて、以降何も言えなかった。頷くことも、拒否することさえも、出来ず、ただ噛み締めるようにエルンの言葉を聞いていた。


「──はあ、こんなところに隠れてたのか。見つけるのに苦労したぜ」


 樹洞の入り口から声がした。

 

「っ! 貴方はっ!?」


 その姿を見るなり、立ち上がったのは、アイリーンだった。


「貴方がここにいるってことは……キサメさんは……」


 聖獣を見事撃ち倒し、エルフ達の眼前へと現れたのは、ボロボロのスーツを纏い、頬や手足に小さな擦り傷を作ったルークだった。


「……さあな、逃げたから知らん」


「っ!」


 アイリーンはそのまま樹洞を飛び出して行った。


「流石は主人様じゃのう。聖獣は強かったか?」


「……いや、多分長い封印で相当弱ってたんだろうな。それよりも……」


 ルークは自分の体中に出来た傷を確認する。


「あのキサメって奴。相当なやり手だった」


 正直、初見なら負けていたかもしれない。そう思うほどに。


「さて、んじゃ。本懐を遂げるとしようぜ」


 ルークはエルンを見据える。


「ええ。私とて、恩知らずではありま……ん? だ、大丈夫ですか?」


「だ、い、じょう……ぶ」


 エルンの言葉の途中で、ついに緊張の糸が切れたルークはそのまま地面へと倒れ伏したのだった。

 


 

 

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