第44話  聖獣の変身と共闘の行方


 それが巻き起こったのは、ルークとキサメの双方が聖獣の角を折った瞬間のことだった。


「っ!?」


「はぁ!?」


 途端に視界は白く染まり、その体を衝撃の波が襲う。まるで、全身に殴打の嵐が襲ったかのようなその奔流。


 数秒間の後に、二人が目を開いた時にはその視界へと移ったのは。


「おいおい、聞いてねえぞ。聖獣だよな? これ」


 キサメが問う。


 目の前にいたのは、鹿の形をした聖獣ではなかった。

 四足歩行は変わらぬものの、その牙は鋭く尖り、立て髪は逆立つように揺れている。


 それは、黄金の獅子だった。



「ふざけてやがる……」


 ルークは成獣を一瞥した後に、辺りの状況を確認する。


 もはや、エルフの森は、半ば壊滅している。木々は倒れ、その上の建築物も全壊と言わざるを得ない。


「そう、なんだろうな。変身したんだろ?」


「はっ、漫画のボスかよ」


「ああ、それなら後一回は変身するかもな」


「お、兄ちゃん、この話が分かるタイプか。いやぁ、嬉しいねぇ」


「うるせえ、さっさとやるぞ」


「はっ、仕方ねぇなぁ」


 恐らく、あの聖獣が姿を変えたきっかけはその角が折れたことに起因する。

 冷静に分析をしながら、ルークは構える。


 まだ、変身する可能性は捨てきれない。だが、そもそもこの姿ではどのような攻撃を見せるのかも、見当がつかない。


「──はあ、想定外ってのはやっぱ嫌いだ」


 ルークは大きく息を吸い、スキルを発動する。


「何をする気だ? 兄ちゃん」


「奥の手、だよ。あんまり人に見せたくは無かったがな」


 片方の手をストレージへと入れて、掴む。

 そうして、この世に現界したそれは。


「《ゴッドハンド》は、不可能を可能にする力だ。つまり、俺には出来ないことを容易く実行できる力なんだ」


 つまり、普段ならば到底扱えない武具、魔法、スキル。その全てを極限まで引き出すことが出来るのだ。


「ほう?」


魔剣グリム。これは、装備者を呪い殺すいわくつきの剣だ」


 少なくとも調べた限りでは、歴代の持ち主七代に渡って、不自然な死を遂げている。だが。


「俺なら、リスク無しで使える」


 その剣は、黒い瘴気を纏った両刃の直剣。

 目立つ装飾はないものの、鍔に取りついた血の如く赤い宝石はやけに網膜に残る。


「──さあ、やろうぜ。第二ラウンドだ」


***


「離してっ! 私はっ!」


 アテナに背負われたアイリーンはバタバタと手足を動かして、もがくものの到底力では叶わなかった。


「落ち着け! 君とてあの戦いに巻き込まれれば、無事では済まないだろうっ!」


 アテナは納得させるべく、叫ぶ。がしかし。


「ふざけないでっ! 私だって覚悟してるっ!お母さんの復讐のためならっ! この命だって!」


「ふざけてるのはどっちだっ! 自分の復讐のために子に命を賭けろなんて言う親がどこにいるっ!」


「何もっ、何も知らないくせにっ!」


「ああ! 知らないともっ! 君の復讐心なんてっ!」


「っ! ならっ! ほっといてよっ!」


 アテナは足を止めた。そして、アイリーンを下ろして、その目を真っ直ぐに見つめた。


「知らない。だから、君を守る。何故なら、私は君が──どれだけ苦しんだのかも、どれだけ悲しんだのかも知らないのだから」

 

「っ……」


 アイリーンの目がきらりと光る。それは、確かに込み上げた涙の粒を少女が堪えていたからだった。


「私は……何も、知らなかった。エルフという種が人間の世界でどんな風に扱われていたのかも、君のような少女がどんな悲しみを知っているのかも」


 アテナは、アイリーンの細い肩を掴む。


「だから、だからこそっ! 私は変えたいんだっ! 君の憎む世界をっ! 今は、言うことを聞いてくれないか?」


「……そんなの」


「私は自分勝手だ。きっと不器用で頭だって良くはない。でも、君を死なせたくない」


 その言葉が、その心が本音で本気であることは、アイリーンにも分かった。それだけ、アテナの言葉と瞳は全力だったから。


「……分かった。でも、わたしはエルフを許さない。人間だって、嫌い。それだけは変わらないから」


「それでいい。さあ、行こ……」


 言葉の途中でだった。

 辺りは真っ白に染まり、衝撃の余波が木々を揺らす。


「っ! 宝剣技抜刀っ!」


 アテナは咄嗟に剣を抜くと、地面へと突き立てる。


「守れっ! クラウソラスっ!」


 その剣から放たれた光の波動は、背後を走るエルフらの盾となり、その衝撃を受け止める。

 しかし。


「くっ! まだ、足りないかっ!」


 次第にその踵は、地面を引き摺るように下がり始める。

 その刹那。


「アテナっ!」


 小さな手が、アテナの手を支える。それは紛れもなく、アテナの救ったエルフの少女 エーリカの手であった。


「エーリカっ!? 危ないっ!」


「大丈夫っ! 私の力を受け取ってっ!」


 その手は、決して多くはない力をアテナへと与える。

 何の役にも立たない。誰もがそう思えるほどに些細で非力なものだった。


 しかし、アテナにはきっと。


「ありがとうっ! 私はっ!」


 宝剣クラウソラスは眩いほどの光を放つ。


「絶対にっ! 皆を守ってみせるっ!!」


 生まれた力は、支えられたその背は確かに聖獣の生み出した衝撃を跳ね返したのだった。



────


あとがき


お読みいただいてありがとうございます。

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どうぞ、よろしくお願いします!


 


 


 

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