第42話  抑止の聖獣の復活


 それは、今より少し前。エルフの森へと向かう道の最中での会話だった。


「んで、何故、急に案内する気になった?」


「キサメさん……って、言いましたよね」


「ああ、キサメ・イガラシ。それで通ってる」


 よくもまあこんな子ども相手に本当の名を名乗ろうと思えたものだ。普段ならば、絶対にあり得ないことだ。

 キサメは思った。


「私は……エルフが大嫌いなんです」


「ほう? なら何故、最初は森へと案内を嫌がった? エルフが嫌いなら、とっとと人間に差し出せば、簡単に滅ぼせるだろ?」


「……そう、思いますよね」


「なんだよ、何があるってんだ?」


「エルフは嫌い、何人死んでもきっと私は何も思わない。でも」


 アイリーンは遠くを見るような目で、辺りを包む木々を眺めた。


「この森は、好きなんです。エルフについて、いい記憶はなくても、この森は母と見た美しいこの森だけは、傷つけたくなかったから」


「はあ、そうかよ。大した理由じゃなくて、正直がっかりだ」


「す、すみません……」


「火は? 燃え広がれば、流石にこの森と言えど、無事じゃ済まないだろ」


「はい……でも、いいんです。もう手遅れですから」


 奴隷商の一団を殲滅し、すぐさま森へと戻ったキサメとアイリーン。既に、到底火を消しに行けるような距離ではない。


「……変な割り切りだな。まあいい、ついでに聞かせろ。何故、エルフのお前がエルフを憎む?」


 母。先程、アイリーンの口から溢れたその言葉に、何かあるのは見当がついていた。


「母は、エルフでした。とある日、森から出たんです。病床にあった妹の薬を手に入れるために」


「それで?」


「母はとある人間に恋をした。共に薬を探す旅の中で、二人は惹かれあって」


 そう語るアイリーンは何処か嬉しそうだった。目を輝かせ、憧れを滲ませていた。


「けれど、母は結局、その人間よりも妹を選んだ。その命を守るために。そうして、薬を手に森へと戻ったんです」


「いい話じゃねーの、それがどうして恨みになる?」


「……エルフは、一度でも森を出た者を仲間とは思わない。それも、人の子を孕んでいたなら、尚更」


「そういうことね」


 つまり、アイリーンの母は妹のために森を出た。けれど、周りのエルフ達はそれすらも許さず、追放した。そんな感じだろう。


「はっ。結局、人もエルフも変わらないってわけだ。古臭い規則やルールに縛られて生きてるなんて、あほらしいぜ」


「キサメさん、は……どうして、私を助けてくれたのですか? エルフを売って、お金儲けがしたいだけなら、さっきの人達から金品を奪えば……」


「何も金稼ぎが目的じゃねえ。仕事ってのは、俺のポリシーの話さ」


「え、えーと、それは一体……」


「俺のいう仕事てのは、俺が決めた行為。つまりは楽しく暮らす為に必要なこと。それが俺の中の仕事だ」


 アイリーンはきょとんとした顔で頭を傾ける。


「つまり、目的は?」


「スリル。死と隣り合わせ、地獄で嗤って自慢出来るようなことをしたいのさ」


 その行いは、紛れもない悪人なのだろう。

 しかし、楽しげに嗤うその姿は、どうにもアイリーンには悪人には見えなかった。


***


「おい、ガキ。後どれくらい掛かる?」


「も、もうすぐですっ!」


「アテナ、ギン。あいつらは何をやってる?」


 ルークは背後にて、拘束された二人へと尋ねた。

 ローブの男は魔法陣へと手を向ける少女を守る形で立ち塞がっている。


「聖獣だっ! 奴らはそれを復活させようとしてるんだっ!」


「……聖獣か、それって、まずいのか?」


 少なくとも、聖獣と呼ばれる存在ならば、害はなさそうだが。


「聖獣とは先代の勇者様が封じた怪物なのですっ!」


 幼いエルフの少女が言った。なんとも、服に着せられている感の強い少女だ。


「そりゃ、やばそうだな。……二人とも、後は任せろ」


「あ? タイマンをご所望か? いいぜ、どうせもう少しは時間が……」


「キサメさんっ!」


「おっと、すまん。どうやら、もう終わるらしい」


 先程まで白い光を放っていたその魔法陣は、赤く染まった。

 周囲には、激しい不協和音が鳴り響く。


「おいおいっ! もう手遅れかよっ!」


「さてさてさて、お楽しみの時間だっ!」


 一瞬の閃光が周囲を包み込み、一つの輪郭がその場に現れる。


 それは、一言で言うのならば、白い鹿のような生物だった。

 毛皮は白く、妙な模様があり、首にはたてがみが付いている。


 そして、その赤い目と枝分かれした角は明らかに、異質だった。


「っっ!!」


 その場の空気が石になったような感覚。恐怖にも似た肌を焼くような危機感。


「は、ははっ! おもしれぇ! こいつが聖獣かっ!」


「っ! 本当に、封印が解かれてしまうなんて……」


「安心しろって、俺が殺して……」


 瞬間。聖獣が動く、ぴくりと体を揺らしたかと思うと、その角の先端から周囲全方向へと稲妻が迸った。


「くっ! 《ゴッドハンド》っ!」


 ルークは撒き散らされた稲妻の一筋をを手で受け止めた。

 背後にはアテナとギンがいる。ここで、止められなければ、動けない二人に直撃してしまうだろう。


「はあ、初手でこれかよ」


 数秒にも及ぶ雷の奔流。緑の生えた地面は焦げ、巨大な樹木は大きく割れ、その上の建築物すらも破壊されている。


「……二人とも無事か?」


「ああ、すまん」


「流石は、我が主人と言ったところじゃの」


 ルークは二人の無事を確認してから、ローブの男を探す。今の一撃のせいか、視界にその姿はない。


「──いやぁ、あぶねぇ。正直結構焦ったぜ」


「ちっ、流石に死んではなかったか」


 ローブの男は、エルフの少女を傍に抱え、木の太い枝に立っていた。


 三つ巴の戦い。

 ルークは一瞬の逡巡ののちに、その一方を見据えた。


「──まずは、お前からだな」

 


 


 


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