第40話  その獣、災なり


 この男は、相当に強い。アテナは男の背をその目に捉えたまま、思う。


 敵に背を向けるという圧倒的なハンディキャップを背負いながらも、その醸し出す余裕は一切崩れなかったからだ。


「さあ、どうする?」


 逡巡。エルンの表情は固く、思い悩む感情が見え透いている。


「アテナ、貴様と儂で一旦奴の足を止めるぞ」


「本気か?」


「ああ。残念ながら奴の言う通り、今の儂一人では完全には抑えられんじゃろうからな」


「まるで、本来ならば抑えられるとでも、言いたげだな」


「我が愛刀さえあれば、相手ではないとも」


「なぜない……」


「ギャンブルじゃよ……」


「なんて馬鹿なことを」


 会話もほどほどに、二人は互いの息を合わせて、構えを取った。


「んだよ、結局やんのかよ」

 

 気だるげに、キサメは背を返して、二人へと立ち塞がる。


「女と殺し合うのは趣味じゃねぇんだがな。おい、ガキっ!」

 

「ひゃ、ひゃいっ!」


 甲高い声は、背後の茂みからギンが横目で確認したところ、どうやらエルフの少女が隠れていたようだった。


「今から五秒したら、合図を出せ。……それで、スタートだ。いいか? 二人とも」


「悪党の癖に律儀な奴じゃなぁ。無論構わんぞ。ただし、約束せい。この勝負が付くまでは、全てのエルフに手を出してくれるなよ?」


「生憎、俺は一途なんだ。夢中にさせてくれるなら、出さねぇよ」


「良かろう、アテナもそれで良いな?」


「ああ」


「な、ならば。じゅ、準備はいい、ですか」


 少女はきょろきょろと双方を見回した後で、


「よ、よーい。スタートっ!」


 手を打ち鳴らす。


 瞬間、ギンの姿が掻き消える。まるで、深い霧の中に溶け込むが如く。


「──悪いのう。武具の性能が劣るのでな、速度で勝負させてもらう」


 まさしく電光石火。ギンは既にキサメの背後へと回り込んでいた。

 朧げな光と共に、振り抜かれたその一刀は、キサメの首を確かに跳ねた。


「ひっ!?」


 キサメの知り合いであるエルフの少女が短い悲鳴を上げる。


「やったのかっ!?」


「っ! なんだ、今の手応えは」


 しかし、ギンは異変に気づく。

 それは、振り抜いた剣の重さ。

 皮膚を断ち、筋肉繊維と脊椎までを両断したと言うのに、その手の感触はあまりにも。


「──流石に、死んだかと思った」


 切り飛ばされたキサメの頭部。その切り口から先ほどエルフの男を貫いたものと同じ触腕が這い出ると、胴体へと急降下し、接続する。


「やっぱ、人を殺すなら首ちょんぱだよなぁ。気持ちいいし、後腐れもねぇ。実に潔いスマートなやり方だ」


「こいつ、不死かっ!?」


 アテナは目の前で巻き起こった理解を超えた現象に、動揺していた。


「いや、違うのう。今の感触。儂は首を跳ね飛ばしたはずじゃが、正確にはダミー。すんでのところで、避けたのじゃ」


「正解。まさか、一太刀でバレるとはな」


「そして、貴様が違うその触腕の正体。

 それは──黒の糸じゃな?」


「正しく。流石はギン。場数は相当潜っているように見える」


「糸、あれが?」


「無論、普通の布繊維ではない。恐らくは何かを媒体に、スキルで生み出した固有の物質」


 そして、触腕は何百、何千、何万という糸の集合体なのだ。


「ふっ、化け物かよ。どこまで見えてんだ? その目は」


「貴様こそ、化け物に等しかろう。目に見えぬ程の細い糸を何万と同時に操るのは、とても人間業ではあるまい」


 少なくとも、数年の修行程度で出来ることではない。人間は右手と左手ですらも別々の動きを取ることは難しいのだから。


「そんじゃ、次はこっちから……」


 手を差し伸ばし、糸の束を生み出すキサメ。


「いいじゃろう、胸を貸してやろうぞ? 小童」


 構えるギンとアテナ。

 そんな両者の間に、一人のエルフが飛び込んだ。


「──双方っ! そこまでっ!」


 鋭く叱咤したのは、エルフの森の長、エルンその人だった。


「あ? なんだよ、ついに覚悟が決まったか?」


「貴方こそ、あの獣を相手にしたいと言うのであれば、それ相応の覚悟をしているのでしょうね?」


「はっ、決まってる。じゃなきゃ、こんなとこまで来ねぇ」


「いいえ、貴方は知らない。あの獣のことを何も」


「あ?」


「キサメ、と言いましたね? 一つ取引をしませんか?」


 エルンはアテナらをしばらく見つめた後で、振り返る。


「内容は?」


「この私が、貴方が死ぬまで奴隷として尽くす。他のエルフは見逃しなさい。獣にも手出しはしない」


「……はっ、話にならねぇな」


「そうでしょうか? 私の血統はエルフにて唯一のもの。他のエルフを全て売り払おうとも私の方が高い」


「証拠は?」


「今は見せられませんが、私は唯一エルフに伝わる秘術を扱える、といえば分かりますか?」


「ふっ、なるほど」


 エルフの秘術。それは、魔法を知らぬ者でも一度は耳にしたことのある存在。


「──生きてさえいれば、どんな状態であれ、完全に回復出来る究極の治癒魔法か。確かに、悪くはない」


「そうでしょう? だから……」


「──だが、足りんな。交渉は決裂だ」


「っ!?」


「お前があの獣を目覚めさせないと言うなら、俺が目覚めさせればいい。たったそれだけだろう?」

 

 キサメはそう言って、ストレージへと手を入れた。そこから出てきたものは。


「運が良くてな、ここに贄がある」


 それは人間の頭部。五つ。

 地面へと転がる。


「──さあ、俺を止めてみろ」



────


あとがき


お読みいただいてありがとうございます。

これからも頑張って続きを書いていきますので、作品フォローや星レビューを付けて応援していただけると、とても嬉しい限りです。

どうぞ、よろしくお願いします!

 



 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る