第39話  エルフの森に至る。


「着いた。ここ」


 エーリカの導いた先、森の深淵部とも言える閉ざされた場所。

 そこは。


「これが、エルフの森……」


「おお、壮観じゃのう」


 見たことのない樹木が立ち並び、その枝先には丸みを帯びた家が何棟も立ち並んでいる。


 それらは見たことのない建築技術と魔法によって、形成されているのが、二人には分かった。


「何者か、貴様ら」


 樹上から声が聞こえた。アテナらが目を向けると、木の上で弓を構えていたのは、若い男のエルフだ。


「少し、話を聞きたいのだっ! 誰かこの、エーリカの家族はいないかっ!?」


 アテナの声に驚いたのか、数人のエルフが顔を出した。しかし。


「知らん。さあ、帰ってくれっ」


「そんなわけがないだろうっ! エーリカはエルフなのだ! ここに両親がいないわけがないっ!」


 しかし、アテナの叫びにもエルフ達はなんの反応も見せない。

 その表情はまるで冷たい鉄の仮面のようで、一切の感情が見えない不吉なもの。


「なぜ……数少ない同族ではないか。なぜ、そんなにも冷たいんだっ!」


「アテナ……いいの。エルフは一度でもこの森の外に出れば、もう二度と受け入れてもらえないの」


「なんだ、その訳の分からないルールは」


「そういうもの、だよ」


 エーリカは悲しい表情をしながらも、納得しているようだった。だからこそ、アテナも言葉を失った。


「去れ、去らぬというのなら」


 エルフの男は弓を確かに引いた。弦を大きく伸ばして、そのまま指を離す。


「っ!? エーリカを狙ってっ!」


「なんとも、物騒な連中よな」


 撃ち出された矢は瞬く間に、エーリカへと。

 アテナとギンはすぐさま身を乗り出し、その矢を叩き切る。


 ──はずだった。


「スキル行使、《暗闇の衣》」


 黒い触腕のようなものが、瞬時にエーリカの影から這い上ると、矢の先端を叩き折る。


 一瞬の出来事に、アテナとギンの背筋は同時に凍て付くような危機感を感じ取っていた。


「ははっ! ご挨拶なこったなぁ。人に矢を撃ち込むのが、お前らなりの礼儀か?」


 酷くふざけた声だった。草をかき分ける音と共に、入ってきた男。それは。


「さあさあ、エルフの皆さん。はじめまして、俺の名前はキサメ。あんたらを売り飛ばして、一儲けしたいって考えてる悪党だ」


 漆黒のローブを纏ったその男は、ギンとアテナには目もくれず、その隣を通り抜けて、エルフ達の正面へと向かった。


「アテナ。どうにもキサメという名には、聞き覚えがあるんじゃが、其方はどうじゃ?」


「キサメ……ああ、恐らくは【人喰いのキサメ】だ。犯罪ギルド《地獄で嗤う》の幹部だ」


「やはり、そうか。ならば、とっととその首を取ってしまうとしようかのう」


 途端にギンは刀を抜き、きらりと刀身を光らせる。


「やめておけ、姉ちゃん。今のあんたじゃ、俺にゃ勝てねぇよ」


 振り返ることなく、キサメはギンの敵意を察知したようだった。


「ほう? さも知ったような口を聞く奴じゃ」


「ああ、知ってるからな。賞金稼ぎのギン。何人か、うちの馬鹿をやられてるからな。そっちの……巨乳の姉ちゃんは知らんが」


「失礼な奴だ」


「ふっ、癪に触ったなら謝る。それよりだ、ギン。その二人連れてさっさと逃げた方がいいぜ?」


「貴様のような奴の言うことをおめおめと聞くと思うか?」


「はっ、これは親切心で言ってやってんだぜ? 今からここは地獄になるからなぁ」


 そのローブからうねうねと無数の触腕が立ち上がる。


「っ! 怪物めっ!」


 エルフの男はまたも弓を引く。

 しかし。


「──遅い」


 一瞬にして、黒い触腕は距離にして、十メートルほど伸びると、エルフの胸を貫いた。


「はあ、俺は思うんだがな。話ってのは最後まで聞くもんだろ? たった一つだけ、お前らが助かる道もあるってのによ」


「くっはっ……」


 触腕を引き抜かれると同時に、その胸に空いた穴からは真っ赤な血がこぼれ落ち、そのままエルフの男は事切れたようだった。


「出てこいよ、長老? てのがいるんだろ?」


「ひっ」

「は、早く長老をお呼びしろっ!」


 目の前で起こった惨劇に、流石のエルフ達も静観を保つことはできなかった。

 そうして、来訪者らの目の前に現れたのは。


「控えなさい、無礼者」


 一際幼い少女。その姿は、十代に達しているかも怪しいほどだ。


「長老というより、長幼だな。これじゃ」


 今の言葉に腹を立てたのか、少女は眉根を寄せる。


「私はこの森の長、エルン。さて、話とはなんでしょう? 百数年ぶりの来訪者よ」


「話は簡単だぜ? 選べ、この場のエルフ全員を奴隷として売り捌かれるか、それとも」


 キサメは肩を揺らして嗤う。

 狂気的な程、楽しそうに。


「──この森の怪物、その正体。抑止の聖獣をこの俺の前に連れてくるか、だ」


 

────


あとがき


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