第38話  極大殲滅虚空魔法《クラック・ダウン》


『──これより、開くは虚空の扉』


 深い夜の森の片隅で、ルークのの詠唱は、暗い水面に落ちた一雫のように響き渡る。


 その手に開かれた魔導書より、展開された魔法陣はその周囲を包み込み、青白い光を映し出す。


「なに、この詠唱……聞いたことないんだけど」


 実に世界の魔法の約九割以上。大魔法使いであるシズクは行使はできずとも記憶している。

 だからこそ、ルークの行使するその力に動揺せずにはいられなかった。


出ていでて掴め、出ていでて信ぜよ。うつろの空よ』


「まさか……虚空魔法……そんな、あり得ない。あたしでも、唱えられないのに」


 それは既に、行使できる者のいない魔法。とうの昔に滅びたとされる伝説級の代物。


「失われた魔法の一つ……虚空の魔術」


 王国の何処にも、世界の何処にも存在し得ないはずの呪いまじない

 世界を捻じ曲げる力。


『虚空は常に、我が隣で揺蕩ねむる』


 魔導書は風に吹かれ、緩やかにその項を空へと舞い上げた。


『前略、飲み込め──極大殲滅虚空魔法クラック・ダウン


 ルークを中心として、半径数百メートルの領域。それら全ては途端に、色を忘れ、灰色に染まった。


「っ! これがっ」


『──閉じよ、我が世界。我が廃絶』


 まるで、逆再生のように世界は色を取り戻す、しかして、その過程。

 骸達のみ、そのまま体をぼろぼろと燃え尽きた種火の如く、崩れ落ちていった。


「これで、一丁上がりだな」


 視界の全てから骸は消え去り、残されたの静寂のみ。そこでようやくルークは膝を突いた。


「あー、やっぱ疲れるわ。これ」


「ちょっと、ちょっとちょっと」


「あ? 何?」


 シズクは怒り心頭と言った様子で、駆け寄ってきては酷く拗ねた素振りでルークを睨む。


「あたし、聞いてないんだけど」


「あー、これはアイテムのおかげだ。俺は魔法使えねぇよ」


「はあ!? これほどの魔法を使っておいて、何言ってんの!? 魔法書があろうとなかろうと、普通使えないってのっ!」


「あー、分かった。分かった。もうなんでもいいから、黙ってくれないか?」


「殺すわよ、ほんと」


「この魔法を使える奴に今度会わせてやるから、それでいいだろ? な?」


「……まあ、それならば」


 よし、この場ではその魔法の使い手が趣味でエロトラップダンジョンを運営しているイかれた魔族であることは、黙っておこう。

 密かにルークは胸に誓った。


「んで、今からどうする気? 三人に追いつくには少し無理があるんじゃない?」


「いや、そうでもないだろ。何せ、今二人にはエーリカがいる。無茶な行軍は出来やしない」


 エーリカはエルフとは言え、まだ子どもに該当するのだろう。移動に特化したスキルや魔法がないことも確認済みだ。


「それよりも、俺たちが警戒するべきはさっきのスキルの使い手だろ? あれは相当に手強いぞ」


 しかも、人殺しになんの躊躇もしない、たがの外れた怪物だ。

 

「合流する算段はついてるの?」


「共鳴の指輪があるから、合流は難しくない」


「へぇー、指輪ねぇ。ちなみに幾らの指輪?」


「一個千五百金貨」


「たっか。魔道具よね。あたしにはないの?」


 なんだこの女、がめつすぎないか?

 そう思いながらも、ルークはストレージから一つを取り出す。


「へぇ、普通ね」


「返せ」


「まあまあ、これにかかってる魔法を解読してあげるからさ? そうすれば、もしかすると量産も出来るかもでしょ」


 まあ、確かに出来るなら、理想ではあるが。


「なら、しばらく預けることにする。でも、返せよ? そのうちでいいから」


「はいはーい、それじゃ、合流しましょ? それが今一番重要でしょ?」


「ソーデスネ」


 めちゃくちゃ誤魔化された。とはいえ。


「シズク、俺を乗せて空を飛べるか?」


「不可能ではないわね」


「なら頼む」


 ギンからの連絡はない以上、まだ接敵はしていないと考えられる。しかし。


「あのレベルのスキルの持ち主は、危ういな」


 恐らくは、アテナやギンとてその能力の本質に気づけなければ、容易に敗北しうる。


「……頼むぞ、シズク」


 ルークは嫌な想像を振り払い、シズクに身を任せた。


***


「あ、マジか」


 唐突に、キサメは振り返る。自身のスキルが解除されたのをその肌に感じたからだった。


「ど、どうかしましたか?」


「いや、なに。楽しみが増える。それだけのことだ。ほれ、さっさと案内しろ」


「は、はい」


 勇者でもいたか? いや、そんなはずがない。あの化け物がここにいるはずがない、どうせ奴は今更……。

 キサメは希望的観測を立て始める思考を堰き止めて、長く息を吐く。


「まあ、誰でもいいか。どうせ」


 そう。結果と過程は誰であっても変化しないから。


「殺せば、いいだけだ」




────


あとがき


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