第37話  動く骸とキサメという男


「エーリカ、話がある」


 アテナはギンから事情を聞いた後で、エーリカのテントへと訪れていた。


 それは。


「どうしたの?」


 眠そうに目をこすりながら出てきたエーリカは、寝癖が立ち、ちょうど先程まで眠っていたらしかった。


「そのすまないんだが……」


 アテナが言い淀むと、隣のギンが肘打ちをしてくる。


「言いにくいのは分かるが、少女を頷かせられるのは、其方だけじゃ。気張って行け」


「ああ、分かっている」


 すっと大きく息を吐いてから、アテナは覚悟を決めた。


「エーリカ、率直に言わせてもらう。私とこの、ギンをエルフの森まで案内してくれないか?」


「お主……」


 ギンはあくまで、案内しろというアテナに疑問を抱く。

 ここは、身に危険が迫っているとでも言って、エルフの森に逃げこむ体で話を進める方が説得力があるとギン自身は考えていたからだ。


「……ごめんなさい。私は」


「エーリカ。君はきっと人が嫌いなんだろう。酷いことばかりをしてくる存在、それが君にとっての人間だ」


「……」


 エーリカは頷くこともしなければ、否定することもせず、ただ俯いていた。


「私も今回、人間という種の強欲さを知った。君に酷い目を見せたような奴が蔓延っていると考えると、腑が煮えくり返る」


 紛れもない本音。アテナの表情を見たギンは、察した。

 アテナはきっとこの少女に、欠片ほどの嘘や誤魔化しすら使わないと決めているのだろうと。


「だが、それでも……この通りだ」


 アテナは深々と頭を下げた。


「っ」


「私達は、誰一人として君を騙そうなんて思ってはいない。君を傷つけるつもりも、一切ない」


 ただ、祈るように懇願する。


「私のことを信じなくてもいい。だが、私の仲間を、仲間だけは信じてもらえないか?」


 アテナはただ、そうしかできなかった。きっと裏切られた続けた少女を説得するには、言葉だけでは届かないだろうから。


「……そんなの、出来ないよ」


「そう、か」


「私はアテナが好き。強くて、格好良くて、嘘はつかない。だから」


 エーリカはアテナの両手を握った。


「アテナを信じないなんて、私には出来ない」


「エーリカ……ありがとう」


「存外、やるのう」


 邪魔にならぬようにと、空気に徹していたギンだったが、ようやく口を開く。

 そして。


「さて、ともかく話がついたと言うのならば、行くぞ。二人とも。道中の護衛は案ずるな。儂が務めるゆえな」


 ストレージから刀を取り出し、その腰へと装着する。


「え、今からなの?」


「すまない、事情は道すがら話す。今は時間がないんだ」


 そうして、三人はテントを片すことなく、歩き始めた。


***


 人喰いのキサメ。王国国内のみでは、飽き足らず近隣諸国にすらもその国に賞金をかけられた犯罪者であり、闇ギルド【地獄で嗤うヘルズ・クラブ】の主要メンバーである。


 一対一の勝負を得意とせず、その代わりに一対多の範囲制圧に長けた男。

 勇者さえいなければ、単身での国落としすらも可能だと噂されている。


「俺、思うんだけどなぁ?」


 アテナらと時を同じくして、キサメも少女と共に洞窟より出て、エルフの森をへと出発していた。


 何十奏にも響く虫のさざめきを肌に受けながら、道無き道を行く。


「え、そ、その……」


「はあ、これだから聞き下手ってのは嫌いなんだ。こういう時は、何を? って聞き返せばいいんだよ」


「す、すみません」


「はぁ、だから『何を?』だろが」


「な、何を……ですか?」


「それでいい。……俺が思ったのはよ。やっぱり人間ってのはどこまでも強欲で、愚かだって話さ。悪人の俺が言えたことじゃないがな」


「……そう、ですね」


 少女には、その言葉を否定することはできなかった。何せ、その体が誰よりも知っていたから。


「わ、私、エルフの森に案内するの……怖いです」


「はあ? なぜ?」


「エルフは自分達の森の外から来た者には同族であっても、敵だと断定するのです。だから、私や貴方は……」


「あっそ。なら、大丈夫だ。お前は脅されたからって言えばいい。そうしなきゃ、殺されてたから、犯されてたからってな」


「でも……」


「でもも、へったくれもへちまもねぇ。さっさと行くぞ。それとも、本当に死ぬか?」


「い、いやですっ!」


「よし、それでいい」


 真夜中。歪な二人もエルフの森へと向かう。

 その足取りは、アテナらよりも軽かった。


***


「ちっ! キリがないなっ!」


 襲い来る骸達の進撃の前に、ルークとシズクは徐々に体力を削られていた。


「もうっ! 鬱陶しいっ! ここはあたしが全部ぶっぱなして……」


「やめとけ、こいつらに通常の魔法は効果が薄い。魔力切れになるのが関の山だ」


「じゃあ、どうしろって!? あたしの魔法は基本一対一か、生物に有効なんだけど!?」


 傷を恐れず、死を既に受けた骸達にはとても有効な魔法はシズク自身ほとんど知らない。


「かー、やっぱあれか? 敵の時はめちゃ強いのに、味方になった瞬間弱くなる現象か」


「いちいち、ムカつく奴ねほんと」


「シズク、今から三十秒。骸達の動きを止めれるか?」

 

「出来ないって言うと思う? こんだけ馬鹿にされて」


「なら、頼むぞ」


「ちっ、見せてあげるわ。私の本気を」


 シズクは杖の先を地面へと立てる。そして、そのもう片方の手を上部についた宝石へと押し当てた。


「──全出力解放っ! 《ブリザード・チェイン》っ!」


 それは、見たことのある氷の鎖を放つ魔法。しかし、眼前で起こったそれはルークの知っているそれとは訳が違った。


「これでどうっ!?」


「上出来だ」


 何百という骸の全てはその胸を貫かれ、指先の一つすらも動かさないでいた。

 ルークは広く見回した後で、ストレージからとあるものを取り出した。


「あ、あんた……それって」


 それは筒状に丸められた古い紙。魔法使いならば、見覚えのある魔道具。


「──簡易魔法書。魔法を使えない人間が唯一魔法を行使できるアイテム。ま、使い切りだから、これだけじゃあってもなくてもあんまり変わらないんだがな」


 

────


あとがき


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