第36話 惨劇の発生
「なんだ、これ」
森へと続く街道へと到着したルークとシズクは眼前に広がる血の海に、驚きを隠せずにいた。
火の出所を調べて来てみたものの、既に火を放った連中は一人残らず首と胴体が切り離されていた。これでは……。
「誰が敵なんだ、今」
ルークは逡巡していた。
目の前の敵が、敵となるはずだったものが、今となってはこのざま。自分が今、何と戦っているのかすらも分からなくなったからだった。
「落ち着きなさい。あんたが迷えば周りのみんなも迷ってしまう。だから、冷静に、ね?」
シズクの一言に、ルークは大きく深呼吸を吐く。
「まずは、生存者を……いや、ありえねぇか。この犯人は、皆同じように首を切り落としてやがる」
少なくとも、ルークが確認した骸の中では、ひとつとして、首と胴が繋がったものはない。
「はあ。あんた見てると、負けた私が惨めになるわ」
シズクは数え切れない骸を前にしても、何も感じてはいないようだった。寧ろ、いつにも増して、冷静だ。
「流石は元勇者御一行ってか?」
ルークももはや褒めることしかできずに、小さく笑う。そうした後で。
「これは、魔法……いや、スキルか」
「ええ、魔法ではないわね。空気中の魔力がほとんど減ってない。どう見ても、一時間ほどしか経ってないのに」
「こりゃ、あいつらを先に行かせて正解だったか」
「そうね。ここに人員を割くだけ……って、厄介ね」
「どうした?」
ルークはシズクの言葉に嫌なものを感じて、すぐさま尋ねる。と、同時に。
それは確実に死んでいる。首と胴が切り離されて、人は生きれるはずがないからだ。
しかし、二人の目の前で起こった現象は、事実とは乖離していた。
「……ゾンビかっ!?」
「いえ、これは……」
まるで、死体は操り人形の如く、自立して動き始める。
その動きに明確な意思はなく、まるで風に吹かれる木の葉のように。
「シズク」
「ええ。分かってるわよ」
シズクは杖の先端を地面へと突き立てる。
「──《フローズン・ブルーム》」
無数の氷の花弁が虚空より生み出され、瞬く間に骸達へと撃ち出される。
しかし。
「っ! こいつら!」
氷の花弁は確かに、動く骸の体を貫き、肌を切り裂いた。しかし、それはまるで、ダメージを与えられてはいなかった。
「くそっ! ゾンビ映画なら頭撃ち抜きゃ、済む話なんだがなっ!」
「私が知ってるのなら、聖水で倒せる奴なんだけどっ!」
「じゃあ、どうする? ここに、処女はいないぜ?」
「うっさい! そんなに処女がいいなら処女とでも結婚してろっ!」
ルークがシズクの背を守りながら、にやりと笑った。
対して、ルークのフォローを受けながらシズクは幾度となく、氷の魔法を放つ。
「さて、どうするか」
「ね。ほんと、こんなことならエルフの魔法に釣られるんじゃなかったわ」
ルークとシズクは背を互いに庇い合いながら、苦く笑った。
***
「なぜ、殺したのですか?」
山際の洞窟の中、焚き火を挟んだ正面のキサメへと少女は問うた。
「はぁ? そんなの決まってんだろ? 仕事だよ、仕事」
キサメは、焚き火に立てかけた焼き魚を持ち上げて、その腹に噛みついた。
「……じゃ、じゃあ私を生かしてくれたのも仕事……ですか?」
「はっ、そうに決まってんだろ。俺は悪人。人殺し。人を殺すことに理由はなくとも、生かしたってなら、理由はある」
ローブの中のその顔は、少女には見えなかったが、なんとなく笑っているように思えた。
「それで、お前は俺をエルフの森に導いてくれんのか?」
「そ、それは……」
少女は答えられずにいた。何故ならば……。
「はっ、事情がある。そんな顔だな。俺が一番ムカつく顔だ」
「ごめん、なさい」
「じゃ、代わりに聞かせろ」
キサメは骨だけになった焼き魚を背後に投げると、にやりと笑った。
「お前を虐げた、苦しめた、犯した、あいつらの死に顔を見て、お前はどう思った? おお?」
「……」
その問いにも、少女は答えられなかった。
「ちっ、つまんねぇ奴だな」
「すみません」
「謝ってんじゃねえ。てめえはいつまで奴隷なんだよ。かー、これだから、変化を望まない、現状ってやつを無理やり自分の中の当たり前だって決めつける奴は嫌いなんだ」
キサメは呆れたように、もう一本の焼き魚を摘み上げると、少女へと差し出した。
「食え。じゃなきゃ、殺す」
「は、はい」
少女は恐る恐る受け取ると、小さく齧る。
「……おい、しい」
もう一口。咀嚼を挟んで、もう一口と少女は食べる。次第に、その目尻には大粒の涙が溜まっていった。
「んだよ、うぜぇな。泣いてんじゃねぇぞ。殺すぞ」
「ごめんなさい……でも」
少女の涙は止まらなかった。その姿に、キサメも何処か気まずそうにしながら溜め息をついていた。
「……いい人、ですね。貴方は」
ようやく少女が食べ終えた頃、少女は言う。初めて、人の目を見てだ。
「見る目なさすぎだろ。俺は人殺し、悪人だぜ? お前を殺すかもしれない。お前の仲間を奴隷にしようって目的でここに来てんだぜ?」
「でも、これまでこんな美味しいものくれた人間はいないです」
「はー、そうかよ。そりゃ、料理下手ばっかだったんだな。同情してやろうか? はっ」
そうして、各々の夜は更けていく。
避けられぬ戦いは、確かに近づいていた。
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