第35話  燃える森と、密猟者達。


「それで? 話ってなんだ?」


 夕食を終えたルークらは、薪を片付けて天幕をテントを三つ立ててから、シズクを呼んだ。


 それは午前中の一件と、もう一つの疑問を解消するためだった。


 ルークはシズクと共に少し歩く。

 辿り着いたのは、森の中にある小さな湖だった。


「勇者に会ったんでしょ?」


 シズクはじっと睨んできた。


「なんでそのことを?」


「昨日、ギンが酔っ払って言ってたから」


 ギンの奴め。ルークは大きな嘆息を漏らした。


「それで? どうだったの?」


「あ?」


「そう警戒しないでよ。今更、あいつのとこに戻る気はないから」


 シズクはもう少し信頼してくれてもいいじゃん、と何処か寂しそうに前髪をくるりと指先に絡める。


「そう、だな。なんというか」


 強いのは勿論のことだが、何か……。


「あいつには、何か大きな目的がある。そう感じた」


 あれは、純粋な悪人の目ではない。もっと先を見据えている奴の目だった。


「ふーん、当然ね。あいつは頭も切れるから、私だって何考えてるのかは分かんない」


 シズクは小石を一つ、湖畔で拾うと、下手くそなフォームで投げる。

 ぽちゃん、小さな波紋が湖に広がる。


「私からも聞きたいんだけど、いつまであのエルフの子に着いてくの?」


「あ?」


「彼女、エルフの森には案内してくれないんでしょ?」


「言ってたな。そんなこと」


 そうなれば、エルフの森に生えると言われる果実の入手をどうするか。

 とはいえ、他に方法がないわけでもないからまだ……。


 思考の途中。ルークの鼻が捉えたのは、僅かな香りの変化だった。


「……っ! シズクっ!」


「ええ、私も今気づいた。空気中の魔力の流れがおかしい。恐らく森の何処かが燃えてる・・・・


 ルークはすぐにギンへと共鳴の指輪で語りかける。


『おいっ! ギン!』


 数拍をおいて。


『うーん、なんじゃ? 主人様よ』


『二人を起こせ、そして、エーリカに今から話す事情を説明しろ。三人でエルフの森に向かうんだっ!』


『了解した!』


 ルークは今の状況を話すと、すぐにシズクへと目配せをした。


「え? 本気?」


「勿論だ。俺たちは火をつけた野郎の討伐に行くぞ」


***


 それは、森の入り口付近。ルークらが入ってきた地点とはまた別の場所だった。


「へ、忙しいもんだな」


「だが、こんな簡単な仕事で、五十金貨だ。やらねぇ手はない」


 男達は続々と手に持った松明を木々へと押し当て、火を付けていく。

 そんな男達の背後。すぐ隣の街道には、数十台という馬車が並んでいた。


 それら全ては。


「全く、奴隷商様々だ」


 エルフの森の禁が破られると聞いて、エルフを持ち帰るべく、集まった奴隷商とそれに雇われる形で、集った荒くれ者達だった。


「ん、なんだ?」


「どうしたよ?」


「いや、今……っ! これはっ!?」


 森より、蛇の如く一筋の影が地面を這い回り、松明を持つ男らの目の前で停止する。


「──やあやあ、奴隷商の皆々さん。元気そうで何よりだ」


 黒い影が次第に人型に形成されていく。

 松明を持つ男らの前に、姿を現したのは。


「仕事、なんだよ。悪く思うな」


「こ、ここは?」


 それは、黒のローブを纏った男と首にあざの出来たエルフの少女。


 人喰いのキサメ。その人だった。


「おい、エルフ。お前はそこから動くなよ?」


「は、はい」


 少女の付けられていた首の枷は取り払われ、その代わりにその足首には、黒い影によって形成された縄のようなものが付いている。


「ああ? てめぇ、何者だコラ」


「俺は思ったんだよ。高々、こんな耳の長いだけの連中になんで、そんなに金を払うのかってな」


「はあ? 何を言ってやが……」


 言葉の途中で、黒い波動のような何かが一瞬、扇状に広がった。


 男の首を通過した途端、その首はごろんと地面に落ちると、切り離された胴体からは、血の噴水が上がる。


「人の話は、聞かなきゃダメだろ? とはいえ、俺も鬼じゃない。これで手打ちにしよう」


「っ! 何が手打ちだ! 人殺しがっ!」


「あれ? まじか、峰打ちのつもりだったんだが……死んじゃったか。そりゃ悪いね。おい、エルフ、そんでお前のご主人様ってのは、どの馬車だ?」


「え、えっと……右から、三番目の、です」


「よしよし、いい子だ。そんじゃあ、行こうか」


 男達が血溜まりに立ち尽くす中、颯爽とキサメはスキップでもしそうな勢いで、馬車へと向かう。


「おい、開けろ」

 

 扉に数度のノックを繰り返すと、小窓が開いた。


「なんだ、もう終わったのか? っ!? 貴様はっ!?」


「やあやあ、お初にお目に掛かる。俺は、キサメ。あんたが……あー、名前忘れた。まあいい、どうせ」


 キサメは嗜虐に口元を歪める。


「どうせこの場全員──殺しちまうんだからな」


 

 


 


 


 

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