第34話  恐怖! 最果ての森の怪物!


「最果ての森……怪物が出なきゃ良いけど」


 シズクがぼやいた。

 森に入って、既に三時間。ルークらは歩き続けている。


「なんだ? 怪物?」


 殿が出来るようにと、最後尾を歩くルークは同じく最後尾に位置するシズクへと聞き返した。


「あんた、知らないの?」


「知らん」


「仕方ないわね、どうしてもってなら教えてあげても……」


「なー、エーリカ。この森の怪物って知ってるかー?」


 ルークは当て付けとばかりに、前のエーリカに声をかけると、シズクを見て、ふっと鼻を鳴らした。


「ちょ」


「怪物? そんなの見たことないわ。村のみんなは、蛇に気をつけろって言ってたけど……」


「へ、蛇が出るのか……そ、それは気をつけなくてはな」


 アテナも足を止めて、途端に茂みを見回し始めた。

 なんだ、この騎士。幽霊もダメ、蛇もダメ。

弱点多すぎだろ。……あと、乳首も弱いしな。と、ルークは思った。


「なるほどな、よし。じゃあシズク。良かったな、知識をひけらかしてもいいぞ?」


「はー、むかつく。あんたいつか殺す」


「いつかなら当分は大丈夫そうだな。で? 怪物ってなんだ?」


 シズクは眉根を寄せて、怒りを露わにしながらも、怪物について語り始めた。


 王国のお伽話に等しい、その怪物の逸話。シズクは、その話が生まれたきっかけを知る機会があったと言う。


 それは、エルフと人間の不可侵を誓った百年前に生まれたのだとか。


「怪物は、いわばこの森の主にして、守り神なのよ」


「ほー? 強いの?」


「ええ、少なくとも人の叶う相手ではないと聞くわ」


「美味いのか?」


 ギンが鋭い目で尋ねる。同時にその腹からぐうぅと音が鳴る。どうやら、腹が減ったらしい。


「知るわけないでしょ、そんな美容に悪そうなもの食べるわけないじゃない」


 そこじゃないよなぁ。


「むむ。ならば毛皮なり、骨なりを売れば相当な値がつくじゃろうな」


 ギンはなんともワクワクしているようだった。


「真面目な話。その怪物とやらは、どんな……っっ!!??」


 ひどい揺れが地面を伝う。木々は軋み、鳥達は飛び立つ。


 只事でないことは、その場の全員、正確にはエーリカ以外の全員が理解していた。


 怪物。脳裏に過ったのはその言葉だった。


「これ、相当でかいな」


「うむ。儂の勘じゃが、ゆうに十メートルはある」


 ルーク、ギンはすぐに戦闘態勢にシフトした。そうしなければ、ならぬほどに二人のこれまでの戦闘経験が告げていたからだ。


 逆にシズクとアテナは、すぐさまエーリカを守るべくそれぞれ杖を取り、剣を抜いた。


 そうして、次第に大きくなる振動。

 やがて、姿を現したそれは。


「……なあ、俺、すげぇ既視感感じてるわ」


「奇遇ね。私もよ」


「うむ、儂もじゃ……」


 それは体高にして四メートル。立てば、十メートルを超えるであろう巨大なグリズリーだった。


 しかも、特徴はそれだけではない。その体を覆う太い体毛の色は金に近い黄。

 いわばそれは。


「「熊の……○ーさんじゃね?」」


 シズクとルークの声が同時に響く。


 その既視感の正体。それは元の世界で人気を博した熊のキャラクターに対するものだった。

 

「主人様よ、ハチミツは持っておらぬか?」


「いやいや、見ろよあの口。ハチミツ舐めて満足するようなおおらかな性格に見えるか?」


 恐らく牙だけで人の手ほどある大きさだ。


「なるほど、肉か。じゃよなぁ。肉を食わんと力は出ん」


 各々がどうするべきかと考えている最中だった。


「エーリカ!?」


 アテナの背からひょっこりと身を乗り出したエーリカは熊の顔をじっと見つめた。


「あ、ぷー太郎」


「「え?」」


 グリズリーは巨大な咆哮を放つ。しかし、どうにもそれは敵意を感じるようなものではなくて。


「久しぶり、元気?」


 またしても、咆哮。その様子はまるで、エーリカの声に返事をしているようにルークには見えた。


「なんと……え、エーリカ。この魔物は、友達なのか?」


「うん。私の……というか、エルフならこの子の顔見知りだよ」


「あー、そういうことか」


「ルーク? 何を理解したというのだ?」


 アテナの疑問に、ルークは頭をぼりぼりと困ったように掻きながら答えた。


「守り神なんだよ。ま、恐らくこいつが守ってるのは、お伽話とは違って、この森ではなく、この森に住むエルフの、な?」


 エルフは、生涯この森を出ることはない。そう言い伝えられている。その住む土地には強力な魔法がかけられて、誰も辿りついたこともない。


「ずっとおかしいと思ってたんだよ。エルフが辿り着けるなら、奴隷を買って、案内させようって考える奴がいなかったのか」


 現に、ルークはその手段を取った。強力な魔法が貼られていようとも、その本質は認識を阻害すること。ならば、本来の場所を知っている者には効果はない。阻害のしようがないからだ。


「だが、そうして行った奴らは結局、こいつにやられた。だから、辿り着けなかった」


 そう考えれば、全てに納得がいく。


「それにしても……」


 ルークは金色のグリズリーへと向き直り、顎に手を当てて観察する。


「名前、結局ぷー太郎なんだな。お前」


 その心は、少し同情していた。

 

 

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