第33話 探せ、エルフの森
「ここが、最果ての森か」
そこは普通の森林とは、随分と雰囲気が違った。木々は皆、通常の二倍ほどに背が高く、太い。
最果ての森。王国の深部に存在する森だ。
途方もない広さの上、文字通りこれより先に、街や村はない。
「エーリカ。どうだ? 何か感じることはないか。久々の故郷だろう?」
アテナはエーリカの頭を撫でてから尋ねた。
「分からない」
エーリカはなんともよく分からない顔をしていた。嬉しいような、それでいて悲しんでもいるような。
「まだ着いてないだろ? むしろここからがきついってに」
「ま、そうよね。色々、やるべきことがあるものねー」
シズクはルークの顔を一瞥した。さも、「言いたいことがある。だが、私は優しいから後でにしてやる」みたいな顔だ。
「お、おう……おーいギンさーん。そろそろ、起きて貰えますかあ?」
「うぅ……」
ギンは顔を真っ青にして、力無くルークの背中しがみついていた。
「だから、飲みすぎるなって……あれほど」
「くぅ、儂としたことが……すまぬぅうぅ」
「やめろっ! 吐くなら物陰で吐いて来いっ!」
昨日の夜、ついにエーリカとの別れが迫っているとのことで、宴会をした結果がこれだ。もう今日は当てにならないかもしれない。
「……うむ。その馬鹿共はほっといて、さっさと行くとしよう、エーリカ、シズク殿」
「分かった」
「そうね、馬鹿馬鹿しい」
「いや、俺までかよ」
すたすたと無慈悲にも歩き始めた三人を追いかけて、ルークも森へと入った。
***
最果ての森には、怪物がいる。
それは、王国の子どもですらも知っている噂話だ。根も葉もない、ただのお伽話のようなものだ。
「おらっ! 早く歩けっ!」
「っ! わ、分かりました……だから、もう蹴らないで……」
男達数人は、鎖で繋がれたエルフの少女を先頭に、森の中を進んでいた。
「おいおい、あんまり手酷くすんなよ? それじゃ、夜楽しめねえからなぁ?」
「はっ、分かってるよ兄弟。ぐへへ、今から興奮して来たぜ。エルフを犯すのは初めてだ」
「ひっ」
男達の目的とは、エルフの森へと侵入し、雌のエルフを乱獲することだった。
「──うるさいんだよ、小物共。てめぇらはさっさとエルフの森まで俺を案内すれば良いんだ。喋ってないで歩け」
言ったのは、一番後方の人物。
全身を覆うローブによって、体全身を覆い隠し、目深に被ったフードから落ちた影によって、その顔すらも見えない。
「ちっ……分かってるって。仕事じゃなきゃ、あんたとなんて組みたくなかった」
男達は、裏家業を専門とする傭兵団だった。
金さえ支払われるのならば、率先して剣を持ち、戦場へ駆り出される。または、こうして、戦闘を含む依頼をこなして、生計を立てる者たちだ。
「ったく、なんだここにこんな奴がいるんだよ」
「ああ、言えてる。人殺しギルドのキサメ」
男らが小声で蔑んだ者の名であり、全身をローブで隠した者の名。
通称 『人喰いのキサメ』。
誰が呼んだか、その名は裏の世界では知らぬ者はいないほどの有名人である。それも、悪人ばかりの業界においても一際、残忍な者だと。
周りの男達は不愉快そうに、その足を早める。そうして、しばらく歩いていると。
──森の奥から、重い足音が地面を揺らす。
「なっ!?」
「なんだっ!?」
その音は、確かに音からの方へと近づいていた。
木々はその揺れに枝葉を揺らし、鳥達は一目散に空へと羽ばたく。
「はー、どうやら最果ての森の怪物が目を覚ましたらしいなぉ。くく、面白い」
「笑ってる場合かっ!? 俺たちもろとも食い殺されるぞっ!」
「知るかよ、お前ら小物と一緒にすんな。……あー、そっか。その手があるなぁ」
「なんだ! 何か思いついたのか!?」
男の一人が振り返り、キサメへと近づく。
しかし。
「ああ。とっておきの策さ。とりあえず、そのエルフを俺に渡せ」
「わ、分かった」
男達は一瞬互いの目を見て、迷った素振りを見せたものの、他にも助かる術を見出せなかったのか、素直にエルフの少女へと繋がった鎖を手渡した。
「よしよし。いやぁ、ずっと思ってたんだよ」
「っ、なんだこんな時に」
「俺たちの依頼主は、奴隷商の連中だ。報酬は雌のエルフを一匹につき、千金貨。どう考えたって安い。しかも、お前ら無能とそれを分け合うなぞ、吐き気がする」
「っ! まさかっ! お前っ!」
男達の一人が気づく。しかし、既に時遅く。
「──スキル行使 《暗闇の衣》」
男の一人がその胸ぐらを掴み込もうとしたその瞬間。キサメとエルフの少女の体を足元から這い上がった深い影が絡みつき、地面に飲み込まれるようにして、姿が消える。
「くそっ! あいつ! 俺たちを囮にして逃げる気だっ!」
「ふざけんなっ! どうすんだ!」
ついに、目の前の大樹が音を立てて倒れた。
そして、現れた怪物に男達は直面する。
「なんだよ、これ、こんなの……勝てるわけが」
誰かが放ったその一言が、男達の最後の声となったのだった。
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