第21話  ゴッドハンドと奴隷


 エルフ。元居た世界では、誰もが聞いたことのあるファンタジー世界の住民だ。

 特徴は、金色の髪に長く尖った耳。そして何より。


「おお、これはこれは。その胸の飾り。帝国軍の尉官様ですか。良くぞおいで下さいました」


 小太りした商人は問うてきた。


「ああ。少し入用でな。商品を見ても構わないか?」


「もちろんでございます。ささ、こちらへ」

 

 ルークが珍しく、帝国軍の軍服を纏って向かったのは、帝都の片隅。真夜中のみに開かれるオークション。

 昼間は、巨大で派手なサーカステントの外観通り、エンターテイメント施設として営業している。しかし、その裏。本当の商売。


「なんとも……酷い」


 同じく、ルークと同じ軍服を纏ったアテナは並ぶ二畳ほどの檻、その中を見て言った。


「変わらないだろ? 王国も帝国も、こういうところはな」


 ぼろ布一枚に、首には枷。並ぶ商品・・たちの目にはもはや生気はなく、虚ろ。絶望の中を揺蕩っているような淀んだ暗い瞳。


「……間違っている。私は、常々思っているがな」


 ルークも心の中では、その言葉にうなずく。けれど。


「だが、こうして、国が黙認しなければ、連中は陰でやりかねない。そうすりゃ、今よりもっと酷いことになるんだろうさ」


 強すぎる光を当てれば、影はより一層深く落ち込む。だからこそ、弱い光を当てて黙認するか、影が出来ようもないほどの強い光を絶えず当て続けるしか、選択肢はない。


 ……もっとも、この世界よりもずっと発展した前世の世界ですらも、完全にはできていなかったが。


「本日は、どのような商品をお求めですか?」


 小太りの男は二人を先導しながら首だけで振り返り、言った。

 その笑みには、不快感以外の何も感じやしない。


「そうだな。探しているのは──エルフだ」


「ほほう。なるほど」


 男の目の色が変わる。どうせ、いいカモが来た。とでも思っているのだろう。


「ご提供できない、というわけではないのですが、ただいまエルフは高騰しておりましてね? 最低でも、金貨二千。状態によっては……」


「はあ、安心しろ。予算は、金貨五千はある」


「ははあ!! 流石でございます!」


 すりすりすりと手を擦り合わせた男は、何やら数人の部下を呼ぶ。


「では、お客様は奥の部屋にどうぞ」


 待遇が変わる。いつの世も人は金と権力には弱いものだ。


「行くぞ」


「あ、ああ」


 どうにもアテナは奴隷たちが気になっていたようだ。精錬で正義感の強い騎士なのだから、要らぬ同情をしてしまっているのだろう。……まあ、その性根はドMだが。


 通されたのは、向かい合ったソファーと長方形のテーブルが置かれた個室。

 テントの中であることを忘れてしまいそうなほど、豪華な所だ。


「では、お二方。お座りください」


「ああ」


「失礼する」


 そうして、茶を飲みながら待つこと数分。

 ちゃりちゃりと奥の扉から鎖の音が聞こえてきた。


「お待たせしました。こちらなどは、いかがですかな?」


 四つん這いで鎖に引かれて部屋に入ってきたのは、想像した通りのエルフ。

 金色の髪に、慎ましやかで線の細い体。顔は、幼く人間であればまだ子供にしか見えない。


「こちらは、王国の奥より数年前に調達した正真正銘、純血のエルフでございます」


「……っ。下衆め」


「今は、堪えろ」


 アテナが怒りを露わにするのも無理はない。

 なぜならば、その少女の体には数多くの切り傷、火傷の痕などが垣間見えたからだ。

 しかし、それよりも目立っているのは。


「なあ、商人よ。エルフと言えば、長く尖った耳こそが特徴なはずだ。なぜ、そのエルフの耳は切れているんだ?」


 本来ならば、尖っているはずのその耳は先端を切り落とされていた。それも、断面が肉で埋まってしまっていることから、随分と前に。


「ああ、これですか。このエルフは、輸送の際にお手付き・・・・にあいましてね。我々の業界では、処女を失ったエルフは分かりやすいようにこうしているのです」


「──クラウソラ……」


「っ!」


 咄嗟に、ルークはアテナの腰の剣を抑える。すると、アテナは睨んできた。


「貴様、この所業を許せるというのか」


「落ち着け」


「お、お客様? どうかなさいましたか?」


「いや、何でもない。そのエルフをもらうことにしよう」


 一瞬、ぴくりとエルフの少女の肩が震えた。ような気がした。


「おお、それは有難……お目が高い。お代は、三千金貨になります」


「ああ、これで」


 金貨を詰め込んだ袋を渡すと、男は嬉しそうに中身を確認すべく、奥の部屋へと消えていった。


「さて」


 ルークはソファーより立ち上がると、エルフの少女の元へと近づいた。


「おい、ルーク。貴様の力ならあんな奴なんぞ……」


「そりゃそうだ、あんな奴は小指一本で殺せるだろうさ。でもな、アテナ。あいつを殺したところで奴隷売買ってのは終わらねえよ」


「……だが」


「せいぜい、首がすげ変わるだけ。もしかすると、あいつよりも残忍な奴になるかもしれない」


 そうなれば、今よりももっと悲惨なことになる。


「くっ。なら、どうすれば……」


「俺たちに出来ることはねえよ」


「それは、あんまりじゃないか!」


「大丈夫だ。俺らよりも頭が良くて、冷静で、奴隷制度を世界で一番嫌っている奴がいる。そいつが、この国の……この世界のかじ取りをすれば、世の中は変わる」


「そんな人物がいるのか?」


 アテナは半信半疑のようだった。


「ああ、いる。それより今は……」


 ルークが会話を打ち切り、少女へと目をやる。

 手を差し出す。

 

「お前、名前は?」


「──貴方達、騙されてるよ」


 エルフの少女は、確かにはっきりとそう言った。



 





 

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