二章 エルフの森へ
第20話 聖剣の呪いと解呪の林檎
あれはダンジョンに入って、三日目のことだった。
「っ!」
もはや何度目とも分からない魔物たちの襲撃を捌き切った後で、ミライは足首を抱えてうずくまった。
「ミライ! その足っ! 大丈夫かっ!?」
「……大丈夫」
その左の足首は赤く膨れ上がっていて、ただの捻挫ではないことが容易に分かった。
「ちょっと、見せて」
「平気だって、言って……んっ!!」
ジンパチが触れると、ミライは痛みに耐えかねたのか、奥歯を噛み締めるように堪えていた。
「治す。──《ゴッドハンド》」
「おぉ! それがジンパチのスキルかっ!」
「ああ。ゴッドハンド。戦闘にはあんまり使えないけど……」
幼い頃に、怪我をした小鳥を助けたことがある。それで分かったことだが、このゴッドハンドというスキルは、他者の傷を治すことが得意らしい。
手を覆った金色の光は、ミライの足首を柔らかく包み込むと、次第にその腫れを取り除いていく。
「……優しい力、だね」
ミライはそう言った。言ってくれた。
「あぁ! 俺もいくつかスキルについては調べたが、人を治せる力は貴重だ!」
「ユウキ……声がでかいよ」
「すまん!」
その謝罪までもが大きくて、ジンパチとミライはくすりと笑う。
「ねぇ、ジンパチ。知ってる? スキルというのは、その持ち主の人格に強く影響を受けるの」
「だから、《身体強化》とかでも人によって出力が違う……そういうこと?」
ジンパチはそもそも身体強化を使えないが、それくらいは知っていた。
「まあ、そんなところ。……君の力は本当に凄い力だよ。この世界で、人を治そうと思える人は少ない。魔物の被害が絶えないご時世だからか、みんな戦うことに明け暮れてしまう」
ミライは酷く優しい顔をした。
「──だから、君はきっとこの世界でも一二を争うお人好しなんだね」
この一言が、あまりにも嬉しくて。そう生きたいとすら思った。
「おいおい、それでは俺は脳筋みたいじゃないか」
「ユウキはただの脳筋でしょ」
「ええ。私もそう思う」
三人は笑い合う。
誰かを守るために、救うためにこの手を使いたい。傷つけるのではなく、その傷を治せるように。
***
「……ん」
ミリーダが目を覚ますと、最初に目に映ったのは、漆喰の塗られた美しい天井と飾りの施されたベッドの天蓋。
恐らくはレイズの屋敷の一室だろう。
「傷、は」
受けた裂傷に指を這わせてみるも、痛みはない。というより……。
「傷が……ない。ん」
そうして、上半身を起こしたミリーダは気付いた。ベッドにもたれ込んで誰かが眠っている。
それは。
「レイズ?」
「……ん……ミリーダっ!」
レイズは薄く目を開いて、ミリーダと目が合うなり、飛び起きた。
「良かった……良かった」
薄い体を強く抱きしめられる。
「苦しい」
「馬鹿っ! なんで勝手に戦ったのっ!」
「……だって」
それは、ルークのため……。いや、本当は。
「私のわがまま」
「嘘。ルークのためなんでしょう?」
「違う、だって」
ルークには早く、ジンパチに戻って欲しいから。勇者を倒して、その因縁に片がつけば、きっと本当の彼に戻ってくれるから。
だから。
「……ジンパチは? どこにいる?」
「今は休んでいるわ。流石の彼も立て続けに、スキルを使いすぎたから」
「会いに行ってくる」
「ちょっと!」
するりとレイズの抱擁を抜け出して、部屋を出た。きょろきょろと見回す。
「──スキル《ナビゲート》」
それは、思い浮かべた相手の位置を示すスキル。しかし。
「……おかしい、なんで?」
確かに発動したはず、しかし。
「──反応が、ない」
距離に関わらず、絶対にその位置を教えてくれるはずのそのスキルは一切の反応を示さなかった。
「ミリーダさん。目が覚めたのですね」
廊下を歩いて来たのは、ナタリア姫。そして、
「ミリーダぁぁぁ!!! よがっだぁぁ!!」
鼻水や涙で顔をぐちゃぐちゃにしたアテナだった。
「……寄らないで。汚い」
「な、なんだどぉ。わだじがどれだげじんばいじだが……」
ぐすりぐすりと安心の涙を流すアテナ。
「……助けてくれて、ありがとう」
流石にそれを見たミリーダも何も思わなかったわけではなくて、ぺこりと頭を下げる。
「ルークはどこ?」
「ああ。彼なら……」
ナタリア姫は、答えた。そして。
「──本当に?」
その答えを、ミリーダは疑わずにはいられなかった。
***
ルークがいたのは屋敷の外。芝生に囲まれた小さな林の真ん中にできた小さな泉だった。
しなやかな枝に糸を巻きつけ、針を垂らす。魚影は確認できないが、多分いるはずだ。
「釣れるの、それ」
「知るか、釣りの知識なんてねぇよ」
隣に座っていたのは、退屈そうな魔法使い シズクだ。
「なあ、シズク」
「何? 呼び捨て? 一回抱いたからって彼氏面?」
「いやいや、ビッチを彼女とは思えねぇよ」
「はぁ!? 私の経験人数はまだあんたと勇者だけよっ!」
「ほーん。そうかよ。というか、なんでまだいるんだ? とっとと勇者のとこに帰ったらどうだ?」
その心を掴んだ以上、もはや用はない。
「っ。そ、そんなのどうだっていいでしょ? というか、話がしたいって言ったのは、あんたじゃない」
「そうだっけか。悪い、昨日は疲れてたから記憶があんまりない」
スキル。この世界では、才能とも形容されるそれは、無論ノーリスクで使えるものではない。
魔法を使えば精神力を消費するように、スキルを行使すれば、それ相応に体力が削られる。
そして、大技一回と人体の再生。
ルークにかかった負荷は常人では死んでいてもおかしくないほどのものだった。
「ふーん、強かったでしょ。あいつは」
「ああ、確かに不意打ち以外じゃ、勝てないかもな」
勇者。その実力は、正直想定を超えていた。
「シズク、一つ聞きたい。これは、お前が元勇者一行だからこそ、知っているかも知れないことだ」
「ちょっと、なんで勝手に元勇者一行にしてんの? あたしは抜けるなんて言ってないけど?」
「なら、勇者のとこに戻るんだな。もはや、あいつはお前のことなんぞ記憶にないようだが」
「だからって、あんたの仲間になれって?」
「いや、強制はしない。現に今は拘束してないだろ?」
少なくとも、体は。
「……最低。あんなの体験したら……戻れないって知ってるくせに」
シズクはため息をついて、赤みがかった顔を逸らす。
「なら、聞かせてくれ。どうやったら──聖剣の呪いを解ける?」
「……っ。あんた、そこまで知ってたんだ」
「色々、調べてんだよこっちは」
聖剣の呪い。それはその剣によって傷を負った者のスキルを封じると言われている。
「俺のゴッドハンドは、俺の想像できることなら大体実行できる。例えば、傷を治すなら、治った後を想像できるなら可能だ。だが」
呪いを解く。そんな概念的なことは出来やしない。少なくともルークには。
「なるほどねー。でも、教えたところで、あたしにメリットはないよね?」
「ないな」
「ふーん」
シズクは涼しげな顔の裏で何かを考えているようだった。
「だが、守ってやる。これから何があろうと、お前を」
「……ふーん。そんなに、あの子が大切なんだ」
「違う。そんなんじゃない。ただ……俺の手はそのためにある。それだけだ」
仲間をもう一人たりとも、失わないために。
「……ふっ」
シズクは小さく笑う。そして。
「──王国の北の果て。そこにエルフの森があるわ。そこに生えると言われる果実なら、解けるはずよ」
────
あとがき
お読みいただいてありがとうございます。
これからも頑張って続きを書いていきますので、作品フォローや星レビューを付けて応援していただけると、とても嬉しい限りです。
どうぞ、よろしくお願いします!
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