第22話  エルフの話。

「騙されてるって、何がだ?」


 エルフの少女はとルークは尋ねた。怖がらせないように、出来るだけ柔らかい声音で。


「私に金貨三千枚? そんな価値、私にはないよ。せいぜい金貨千五百枚ってところ」


「なんで、そう思う?」


「見れば、分かるでしょ? こんなボロボロで小汚いエルフに三千金貨なんて、正気の沙汰じゃない」


 うん。なんかもう面倒くさいな。


「お、おい。ルーク」


 アテナは少女のことが不憫極まりないのか、袖をぎゅっと握りしめてくる。


「……正直、俺はエルフなら誰だっていいんだよ。お前らの故郷への行き方を知りたいだけなんだからな」


 エルフの森。そこに辿り着くには、大きく分けて二つの条件がある。


 一つ、一定以上の戦闘能力を有していること。理由は、単純にその辺りの魔物が強力なものが多いから。


 そしてもう一つは、その正確な位置を知るエルフのガイドが必要不可欠だそうだ。

 エルフの森には強力な隠蔽魔法が掛けられているため、多種族の者の出入りを拒否している。


 だから、ルークはわざわざこんなところまで来た。そういうことだった。


「ふん、やはり人間は強欲だわ。私を囮にして、同族のみんなを狩るつもりなのね」


「おーい、そんなこと言ってないぞー」


 なんとも話が通じない。弁明しようにも、思い込みが先に立って、耳を傾けてはもらえない。


「──いやいや、大変お待たせしました。お客様」


「っ!」


 奴隷商の男が部屋に戻ってくるなり、エルフの少女は顔を引き攣らせて、怯え始める。


「ただいま、鎖をお外しします。……ほら、こっちを向け」


「……は、はい」


 鎖を外し終えるなり、商人は立ち上がるとにたにたと気色の悪い笑みを浮かべた。


「では、これにて契約は完了とさせていただきます。どうぞ、お持ち帰りください」


「ああ」


 ルークはそのまま、少女を背負う。随分と軽い体だった。肋骨の感触が背中に伝わるほど、少女は痩せている。


「ち、ちょっと」


「黙って、体を預けろ。行くぞ、アテナ」


「……ああ」


 アテナも気づいたらしかった。本当に表情がコロコロ変わるから分かりやすい。


「またお越しください。お客様」


「そうだな、また来るよ」


 今度は、この店を叩き潰しにな。

 ルークはそう心の中で宣言して、店を出た。


***


 ルークは街の路地裏。一度少女を放置されていた木箱の上に座らせると、ストレージから適当な衣服を取り出す。


「とりあえずこれ、来てくれ」


「ふっ。手を離すなんて、愚かな人間ね。今すぐにでも逃げてやろうかしら」


 嘘。その言葉が実現不可能なことくらいすぐに分かった。

 何故ならば。


「──足は生まれつきじゃないな」


「っ! どうしてっ!?」


「そんなもの……見れば分かる」


 ルークの代わりに痛ましい声をあげたのはアテナだった。その細められた瞳には同情が強く滲んでいた。


「ちょっと、見せてみろ」


 ルークがそうして手を伸ばすも、少女はその手に平手を打たれて拒絶した。


「いやっ! 触らないでっ!」


 少女は身を捩り、体を守らんと拒否する。その素振りだけで、これまで何をされてきたのか容易に想像ができた。


「ルーク。ここは私に任せてくれないか」


 アテナはそう言って、肩を叩いてきた。


「頼む」


 いつになく真剣なその瞳は、気高くも何処か柔らかい。


「……そうだな。ここは、任せる」


 同性の方が多少は少女も安心できるかも知れない。ルークは向かいの壁に背を預けて二人を見守ることにした。


「大丈夫だ。もう、大丈夫。私も彼も決して君を傷付けない」


 アテナは中腰になって、少女に視線を合わせた。


「私はアテナと言う。君の名前を教えてくれないか?」


 それは人を落ち着かせることに長けた柔らかで親しみやすい声だった。


「わ、わた、私は……エーリカ」


 少女は少しだけ落ち着きを取り戻したようだったが、まだその目には恐怖が浮かんでいる。


「ルーク。短刀を持っているか?」


「あ? あるけど、何に使う気だ?」


「エーリカに信じてもらうために必要なんだ」


 まあ、ここは乗っかるか。ルークはストレージから革のケースに包まれた短刀をアテナへと手渡した。


「な、なに? なにをするの?」


「安心してくれ。さっきも言ったように、私は君を決して傷付けない。だから、これは君が持っていてくれ」


 アテナはケースから短刀を抜き、少女の手に握らせると、その刃を自身の首へと押し当てた。


「アテナ、お前……」


「このままで構わない。だから、彼に足を見せてあげてくれ。もしも、彼が少しでも君に痛いことをしたならば、この短刀で私の首を切ってもいい」


 ぐっと刃はアテナの首筋へとさらに食い込む。緩やかに赤い血が流れ、その刃先を下り、少女の指へと付着した。


「わ、分かった……」


「ありがとう。ルーク、ゆっくり見てあげてくれ」


「……ああ」


 本当に、今日ここにアテナがいて良かった。心の底からそう思った。

 少なくとも今のようなことは自分にはできやしないし、レイズにもミリーダにも無理だ。


 騎士として、己が正義に命を賭けてきた彼女だからできること。

 ルークは正直、初めてアテナを尊敬していた。


「それじゃ、見せてもらうぞ?」


 少女がこくりと首を縦に振ったのを確認してから、ルークは少女の足首を軽く持ち上げる。


「……やっぱり、か」


 ちょうど踵の上。そこにあったのは、真横に伸びた古傷。

 そして、先ほど連れて来られた時の少女の動きを思い出す。


 四つん這い。あれが奴隷だと強調するために行われた行為ではなく、他に理由があったとしたならば。


 ルークは、確信に至った。


「足の腱を切られてる」


「くっ、卑劣なっ!」


「こっちの足も……そうだよな。だから、立てなかったんだよな」


 これが逃亡防止のための措置なのか、はたまた奴らの趣味か何かなのかは知らないし、知りたくもない。


「──少し、じっとしていてくれ。今、治してやるから」


 どちらにしても、反吐が出そうだった。


 

────


あとがき


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