第13話 王国の悪行と勇者の秘密
「……ここは?」
目を覚ますと、そこはダンジョンなどではなく、古ぼけた雰囲気の部屋だった。
日々の入ったガラスの先、窓の外は既視感がある。王都の下町だ。
「てことは、ここ宿屋……だよな。あれ、なんでこんなところに?」
俺はすぐさま立ち上がった。あの旅が夢だったとはとても思えなかったから。
見回して、今の状況を考える。煤のような汚れや、申し訳程度の小さな机。そして。
「これ……は」
半ば変色した腐りかけの床には、旅で使っていたポーチが落ちていた。
「な、なんでだ?」
訳がわかないながらも、持ち上げる。すると、一通の封筒がひらりと落ちる。
表紙には。
『ジンパチへ』
たったそれだけ。
それを目が読み取るなら、ドクンと心臓が嫌な音を立てた。
「ミライの、字だ」
きっとその時点で、自分の身に起こったことの半分を俺は理解していた。
だって、もしも俺が寝ているうちにダンジョンをクリアしたと言うのならば、直接会って話せるだろう。なのに……。
俺は震える指で封を開けた。
すると、小さな魔法陣が浮かび上がり、ミライの声が部屋に響く。
『ジンパチへ。これを読んでる頃は宿屋かな?
騙してごめんね? 最後の扉の先で起こる事にジンパチを巻き込みたくなくて、私の持っていた転移水晶で使っていた宿屋に飛ばしました。三人で逃げれれば良かったけど、一つしかなかったんだ。
結論から言います。あの扉の先には、全てのチームが集められて──殺し合いをすることになります』
「え……?」
そんなこと、あるはずがない。到底信じられないことだったが、ミライの声は何処までも真剣だった。
『生き残るためには、他のチーム全てを殺すしかありません。でも、ジンパチはきっと殺せないよね? だって、私たち三人の中で一番優しいから』
「だ、だから、俺を……」
『だから、ユウキと話し合った結果。ジンパチを逃すことにしました。足手纏いとは言わないけれど、きっと私たちにはジンパチを守りながら戦うことは出来ないから』
「なんだよ、それ」
『それに、ジンパチのスキルは、人を守るための力だと思うから。不可能を可能にするその手はきっと』
気づけば、目からは涙が溢れていた。
裏切られた。心の底からそう強く思ったから。
「なんでだよ。ずっと一緒に戦ってきたじゃないか。二人が戦うなら、俺だって最後までその隣に居させてくれよっ!」
声は何処にも、誰にも、届かない。
『最後になりますが、どうか元気で。私たちは大丈夫。生き残ります。どんな事をしても生き残って、ジンパチに会いに行くから。その時は、三人で冒険者になろうね。それじゃ、またね」
魔法陣は効力を失ったのか、光を失った。
ミライの声はもう、聞こえない。
「っ! ふざけるなっ!」
俺は宿屋を飛び出した。
その足は、怒りのままに街中を抜けて、街の中心に鎮座する王城、王宮へと。
***
城門の前。守衛が二人立っていた。
「王様に用がある。そこをどいてくれ」
言うと、守衛は訝しそうな目をした。
「何者だ?」
「そんなのはあんたらには関係ない」
「ならば通すわけにはいかぬな」
槍の先を俺の胸元へと向けてきた。
スキル《ゴッドハンド》。俺は行使し、その鏃を握り潰す。
「どけぇ!」
門の守衛を殴り飛ばし、微かな記憶を頼りに城の中を走り回る。
そうして、辿り着いたのは、巨大な扉。
煌びやかな装飾や美術品の数々に囲まれ、赤いカーペットの敷かれた玉座の間。
「何者だ? 貴様は」
問うて来たのは、宰相。呆れたような声だった。
「一ヶ月半ぶりだな。宰相。話は単純だ。地下のダンジョンでやってること、今すぐ止めさせろ」
「ほう? 貴様は一体……」
「早くしろ。俺だって、この力で人を殺してたくはない」
「止めるも何も、すでに終わった事だ」
「っ!?」
「紹介しよう。新たな勇者たちをな」
途端。灼熱の塊が背後より接近して来るのが肌で分かった。
火属性魔法。それも途轍もなく高位の。
「っ! くそったれがっ!」
俺は振り向きざまに《ゴッドハンド》によって、火球を叩き落とし、それを放った術師へと視線を向けた。
「へぇ。やるね。あんた」
後方、扉を塞ぐように立っていたのは、黒いさらさらとした髪に、か細い体躯。纏ったローブには、金色の装飾が施され、その目は赤い。
いかにも、魔法使いといった少女だった。
「他の……他の、奴らはどうした」
「ん? 誰のこと?」
「お前らと同じく、ダンジョンに閉じ込められた連中だっ!」
少女は首を傾げ、何やら考え始めた。その数秒後。
「──あの場にいた奴らで生きてるのは、私ともう二人の仲間だけだよ」
ああ。これは、紛れもない事実なのだ。その声に、俺は察してしまっていた。
「………………そう、か。ほんと聞いて損したわ」
俺は服の袖を捲し上げ、本気で戦うことにした。魔法ならば、この腕で叩き落とせる。
接近戦に持ち込めば、勝負にすらならない。
そんな確信があったからだ。
しかし。
「──そうは、いかないな」
涼やかな声は、またも背後から聞こえた。
「っ!?」
やばい。そう思い、振り返った時には既に右肩から腹部を斜めに、一閃が迸っていた。
「かはっ!!??」
切り口からは、夥しい量の血液が溢れ出ては、床へとこぼれ落ちていく。
倒れ伏した俺の目が最後に捉えたのは、勇者の剣と赤く染められていくミライの手紙だった。
***
帝都。
世界で最も発展したと言える石造りの美しい街。
そこは、夜の闇に浮かぶようなアーケード街の出店の深い影が落ちる場所。
裏の路地には、二つの人影があった。
一つは、ローブを纏った少女。そして、もう一つは。
「まずは、おめでとうと言わせてくれ。魔王を倒したんだってな」
言ったのは、スーツを纏った男だった。
「はあ? 誰? あんた」
男がまるで旧友にでも語りかけるような口振りをするのに対し、少女の目には色濃い警戒心が見え隠れしていた。
「おっと、分からないか。なら……」
突如、風が吹いた。少女のローブが揺れ動き、男の少し伸びた髪が靡いた。
「──お前を倒してから、じっくり教えてやるよ」
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