第14話  下ネタに揺れる馬車。

 三人を運ぶ馬車は揺れる。

 薄い白色の布製の屋根は、少し弛んでいて、その四隅を支える支柱は劣化が進んでいた。


「はむっ、はむはむ」


 正面のアテナは一心不乱に、街で買い溜めした食料を喰らっている。ハムだ。


 既に、馬車に乗り込んでから二日近く。何度か小休止を取っているので、時期に着く頃あいだ。


「よくもまあ、こんなとこで食えるもんだな」


 上下にガタガタと揺れているというのに、吐きそうにはならないのだろうか。


 ルークは水筒を傾けた。


「ねぇ、ジンパチ」


「なんだ、ミリーダ」


「こうして、ガタガタと揺れてると一昨日の夜のことを思い出すね」


 ぶっ、ルークとアテナはそれぞれ噴き出した。お互いに、思い出したからだ。


「き、貴様ぁぁぁ!!」


 アテナが思い出していたのは、ミリーダとテントで二人きりだった時のこと。


「お、おいおいおい。ミリーダ? 今はその、な?」


 対して、ルークが思い出していたのは、その後のことだ。


「どうかしたの? 二人して」


「どうかしたのではないだろうっ! あれはっ!」


 真っ赤に顔を染めながら、叫ぶアテナ。


「というか、アテナ。お前、もうすっかりこっち側の人間だな」


 今から自分たちが行うことをアテナに伝えた訳ではないが、なんとなくジンパチはそう思った。


「私もそう思う。***を〇〇○されても、喘ぐだけなんて、ただの雌豚」


 うん。やはり何の羞恥もなく、それを言うミリーダもかなり大概だ。


「それに、私は今、ジンパチに話してる。貴女じゃないわ」


「なにぉぉ!」


 アテナは鼻息を荒くして、立ち上がった。

 途端に、馬車が揺れる。


「きゃっ!?」


「座ってろっての」


 前に倒れかけたアテナの体を……というか、胸を鷲掴みにする形で、ルークは受け止める。


「くっ! 殺せっ!」


「お前は……どれだけ死にたがりなんだ……」


 前世でよく見た所謂、『くっころ女騎士』と言う奴には、いつもそう思わされる。

 命より、誇りを重要視する理由がよく分からない。


「おいっ! もういいから! 手を離……ひゃうっ!」


「お、悪い。考え事してる時に、ちょうど良くてな。お前の胸」


 もみもみもみと、何度か揉んだ方でルークは手を離す。アテナはきっと目を鋭く細めながら、席へと戻った。


「……ずるい、ジンパチ。私も」


 そんな声が聞こえて、ルークが右隣を見ると、ミリーダがなんともリスのように頬を膨らませていた。


「へ?」


「ん」


 ミリーダは、ぐっとルークへと寄りかかると、小さな胸を差し出して来た。


「触れば……いいのか?」


「そう」


 まあ、その程度で、この場が丸く収まるならいいか。ルークは手を伸ばし、触れた。


「……あん」


「そんないいもんかね、この手は」


 スキルなぞ、もちろん使っていない。ならば、別に気持ち良くはないだろう。


「うんうん。ジンパチの手。気持ちいい」


「そうかよ」


 ミリーダはルークの手を押し当てるように、ぐりぐりと胸に当て続ける。

 前世のようにワイヤー入りのブラがある訳でもないから、小さいといえどずいぶん柔らかい。


「というか、なぜ、ルークをミリーダはジンパチと呼ぶ?」


 アテナが突然、不思議そうに尋ねて来た。


「あ? それはな……」


 果たして、言うべきか。ルークが迷ったいると。


「それは、ジンパチは私の初めての人で、×××もしたし、○○○も、△△△もしたから」


「ふぁー?」


 いや、もうモザイクワードすぎて、脳が理解するのを拒んでいる。


「真面目な話だ。なぜ、そう呼ぶ?」


 いつもならば、赤面するところだがアテナは至極、真面目な顔で続けて来た。


「……どうするの、ジンパチ」


「はぁ……まあ、隠してても仕方ないか」


 別に言おうが、言いまいが、あまり話は変わらなさそうだ。


「ジンパチってのは、俺の前世の名前。つまりは、本当の名前だ」


「ほう?」


「なのに、俺が今はルークを名乗ってるのには、二つの理由がある」


 指を二本立てた。


「一つは、ジンパチって名前は王国に知られてるからだ。帝国内ならほとんど知らない奴ばっかりだが、俺がそもそも生きていると言うことは出来るだけ隠していたい」


「……なるほど、貴様が我らが王国に何をしたのか、聞き出したいところだが、今は勘弁してやる。もう一つは?」


「あー、まあ……これは俺自身の問題なんだが」


 ルークは少し困ったように頭を掻く。その後で、言った。


「目的を果たすまでは、名乗れない。お前らの言う、誇りの話だ」


 自分でもなんの意味もない行為だとは理解しているのだが、どうにも、心が拒否してしまっているのだから仕方がない。


「ならば、何故。ミリーダだけは、お前を本当の名前で呼ぶ?」


「ま、そう思うよな」


 それも当然の疑問だ。というか、自分でもそう思っていたのだが。

 問われれば、自然と頭の中に答えは浮かんだ。


「一人くらい、呼んでくれないと、きっと忘れちまうんだよ」


 でなければ、堪えきれない。

 腹の底で燃え続ける怒りを、怨嗟を。

 誰かがその名で呼んでくれるから、ジンパチという人間は、復讐の鬼にならなくて済むのだ。


「……ふっ、バカめ」


 アテナは柄にもなく、鼻で笑うとにやにやと小馬鹿にしたような笑みを浮かべる。


「あ、お前。何も理解してな……」


「──今はお前を殺さない」


 ルークの言葉の途中。アテナは鋭い声で言った。


「は?」


「貴様は敵だ。王国を裏切り、私を捕虜にした貴様は間違いなく悪だ。だが……」


 アテナは一度口を固く閉ざし、何かを飲み込んだような素振りを見せてから再び開く。


「我らが、王国騎士は正義のために存在する。それは、王国の悪も許さぬということだ」


「はっ、騎士っぽい。今のお前、すごく騎士っぽいぞー」


「うるさい。ちゃちゃを入れるな。……つまりは、私が言いたいのは、貴様が悪と断じた王国が本当にそうであるのか、私は見定めることにする」


「……ふん。ほんとはジンパチの愛撫にハマっちゃって、***が疼くって言えばいいのに」


「っっっ!!!???」


 なんで、この良いタイミングで、言っちゃうかなぁ。この子は。


「はあ……全く」


 ルークは呟き、跳ねる心臓を無理やり落ち着かせるように、奥歯を噛んだ。


 帝都は、程なくだ。しばらくすれば、復讐の機会がやってくる。

 それが、ルークには……否。ジンパチには楽しみで仕方なかった。



────


あとがき


お読みいただいてありがとうございます。

これからも頑張って続きを書いていきますので、作品フォローや星レビューを付けて応援していただけると、とても嬉しい限りです。

どうぞ、よろしくお願いします!


 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る