第9話 ダンジョンの奥底にて……美少女
「はあ、はあ……やっとここまで来れたか」
剣を杖のように用いて、生まれたての小鹿のように弱々しく歩くアテナは、辿り着いた最奥の扉を見て言った。
「雌豚はいちいち大袈裟」
そういうミリーダもなんやかんやとその顔には、疲労の色が見える。
「よし。ここまで来れば、もうトラップはない。一休みとするか」
ルークは地面に腰を下ろすと、焚き木の準備を始めた。幸いなことに、火はすぐについた。
「やっとか……」
二人もへなへなと座り込む。
「ねえ、ジンパチ」
「なんだ?」
「なんでこんなところに来たの?」
「あー、それはこのダンジョンにお目当てのブツがあるんだよ」
それも後は、この扉の先にいるダンジョンの主を倒せば手に入る。意外と楽な仕事だ。
「おい、質問をしても良いか?」
言ってきたのは、珍しく鋭い目をしたアテナだった。度重なるトラップのせいで、もはや鎧はヌルヌルの粘液まみれ、そのせいかよく冷えるのだろう。焚き火には三人の中で一番近い。
「許可してやろう」
「くっ、偉そうに……こほん、貴様。ルークと言ったな。先日のことといい、このダンジョンでの体捌きといい。何故、拷問官などしている? 貴様ならば、一流の冒険者にでも……」
「興味がないから。冒険して、金稼いで、安宿に泊まるよりも、復讐の準備をしながら、豪邸くらいは買える拷問官の方がいいだろ」
それ程、今の給料面はいい。ある意味、ボーナスのようなものもある。
そりゃあまあ、最初は憧れじみたものはあったが。
「モンスター殺すよりも、人を虐めた方が楽なんだよ。俺は」
「ふん。やはり、所詮は下衆か」
「そーそー。考えても仕方ないぞー、雌豚ちゃん」
「くっ! 馬鹿にしてっ!」
アテナは唇を尖らせて、不機嫌を露わにする。
その後は、焚き火の日で軽く食事を作った。
じゃがいもとベーコン。至極、簡単なものだ。
平らげると、ルークはすぐにストレージから折りたたみテントを取り出し、すぐさま作り上げる。
「じゃ、2人は先に寝ててくれ。俺はもうちょい、見張りをしとく」
作るだけ作って、ルークは再び、焚き火の前に腰を下ろした。
「……何か、企んでいるのか?」
「いや違うわ」
「ジンパチ、私も起きててもいい?」
「無理せず休んでくれ、明日が本番なんだからな」
「でも……」
ミリーダは不満そうだ。
「しばらくしたら、見張りは代わってもらうからな? そんときに俺は寝る」
「……分かった。二時間、二時間で絶対起こして」
「ああ、分かった」
『──二時間で、終わらせるようにするよ』
ルークはじりじりと揺れる焚き木を眺めながら、そう心の中でつぶやいた。
***
「いやぁ、ダンジョンにも慣れたものだなぁ!」
ユウキは、今にも燃え尽きてしまいそうな焚き木名前で、がははと大声で笑った。
「ちょっと、あんまりうるさくしたらモンスターが来るでしょ?」
ミライはいつだって冷静だった。こうして、休息の間も決して周囲の警戒を怠らない。
「すまんすまん。いやぁ遂にここまで。そう思うと感慨深くてな」
「確かに」
俺は頷いた。
何せ、既にダンジョンに入ってから丸一月と一週間。食料や水は、現地調達。風呂には入られないが、たまに見つかる地底湖で体は洗える。
「そろそろ、最後の扉だ。気を引き締めていかなきゃな」
「ええ」
その日は、皆疲れていたけれど、見張りを交代しながら泥のように眠った。
そうして、俺に見張りの番が回ってきた時、天幕から出てきたミライが話かけてきた。
「凄いね、ジンパチは。その歳で、落ち着いてるし、武器もなしに結構強いしさ」
「寝なくていいの?」
「やっと、このダンジョンも終わりなんだって思ったら、寝つきが悪くてさ」
ミライの態度は、この一ヶ月で随分と柔らかくなった。それを指摘してみると、
「私、ユウキやジンパチと比べるとめちゃくちゃ弱いからさ。その分、警戒心が強くて」
「いやいや、ミライも強いじゃん」
少なくとも両の手では数えられないほどの魔法を扱える。その時点で。
「はぁぁ……」
口から大きな欠伸が出た。思考回路が睡魔に邪魔されて、瞼が重くなってくる。
「ジンパチは、ここから生還したら何がしたい?」
「うーん、そうだなぁ。冒険者ってのもいいかもね……RPGとか……好きだし」
本格的に目を開けていられなくなってきた。
「へぇ。いいじゃん、その時は……そうね、またこの三人でパーティでも組みましょう?」
「……最高……だね」
意識が遠のいていく。未だかつて体験したことないほどの、睡魔だ。
「ジンパチ……ごめんね?」
何が? そんな風に尋ね返すことすらできなくて。
──俺が目を覚したのは、全てが手遅れで、もう何一つ、取り返しのつかなくなった頃だった。
***
「──やあ、お久しぶりだねぇ。ジンパチ君」
最後のドアの向こう側。
ダンジョンの最奥で、玉座へと腰を下ろして待っていたのは、鮮血の如く紅い髪の少女。
体は細く華奢で、纏ったワンピースはその体の線の細さを際立たせている。
「お久しぶり。バーミリオン」
このダンジョンの主にして、既に齢五百歳以上の少女。それこそが、バーミリオンだ。
「さて、今日は何用かな? お話ってわけでもあるまい?」
「ああ。そうさ、話なら七年前にほとんど済ませてるだろ」
「なるほど……つまりは」
少女は立ち上がる。ひらりとワンピースの裾が揺れた。
そして、嗜虐的に笑った。
「この私を──殺しに来た、というわけだ」
────
あとがき
お読みいただいてありがとうございます。
これからも頑張って続きを書いていきますので、作品フォローや星レビューを付けて応援していただけると、とても嬉しい限りです。
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