第3話  宿屋での

「ほら、歩けよ」


 大きな商店の立ち並ぶ路地の裏。ルークは鎖を引く。すると、騎士はおぼつかない足でその後ろをついてくる。


 無論、自分の意志ではなく、そうしなければ首輪が閉まり、苦しい思いをするからだ。


「くっ! ふざけるな!!」

「そんな口、きいてもいいのか?」

「……んんっ!!!」


 ルークが言うと同時に、騎士は艶かしく頬を赤らめ、悶絶し始めた。


 ──奴隷印。効果は、絶大だった。

 主人に対して粗相をすれば、それ相応の苦痛を与えるこの仕組みは、やはりルークの想像通りのものだった。


 恐らく、奴隷の背信行為のレベルによって、受ける苦痛も比例する。そして、何より押す場所によって効果も違うこと。


 心臓や肺の近くに印を押せば、その苦痛によって器官にダメージが発生する。


 それは紛れもなく、純粋な痛みと苦しみ。

 戦闘用の奴隷を作るのならば、それが最も適切だろう。しかし。


 逆に、性奴隷でも作りたいのであれば……。


「はあ……はあ……私を、どうするつもりだ」


 騎士は気丈な態度を取りながらも、その瞳の奥底では恐怖が揺れていた。……いや、なんかちょっと違うような気もするが。


「ま、取って喰いはしない」


 拷問部屋からここまでもう三度は、粗相をしている。その度に起動する印の効力によって、既に大分と躾けられたようだ。


「そう怖がるなよ、アテナ。何も俺はお前を苦しめたいわけじゃない」


「嘘をつけっ! こんな場所に印を刻むなど……くっ! こんなことをしてっ! 我が王国が黙って……」


「だから、口には気をつけろと言っただろうが」


「おぉ゛!! くぅ!!」


 またも乱暴な物言いをしたアテナ。その身を包むローブ越しに、押された印が薄い光を放つ。


「んっ!! くっ!!」


 喘ぎを噛み殺すように耐えながら、アテナは隣の壁に体を預ける。内股になった足は弱々しく震え、その甲冑と足鎧の隙間、剥き出しの太ももには、てらりと液体が伝う。


「……なんか、エロいけどギャグっぽさが消えないんだよなぁ」


 ルークはからりと笑う。


「ほら、早く立て。宿屋はもうすぐだぞ?」


「わ、分かっている。そ、その首の鎖だけは外してくれないか?」


 赤い頬を斜め下に傾けたアテナの表情からは羞恥が伝わってくる。まあ、そりゃ、首に鎖をつけられて、街中を連れ回されれば、多少は思うこともあるだろうが。



***



 一時間ほど前、奴隷の契約を済ませた後のこと。


「あの女をどうするつもりなの?」


 拷問部屋の外。レイズが問うてきた。


「それは上司のあんたが決めることじゃないのか?」


 問い返した言葉に、レイズは首を振った。


「違うわよ。私はただの参謀。駒を使うことが仕事であって、駒の手入れは仕事じゃない」


「だから、俺にあれを駒として使えるようにしろってことなんだろ? だから、奴隷印なんか俺に渡した。ちがうか?」


「そうよ。まだその作戦内容は教えられないけれどね」


 つまりは、あの女を確実に手懐けておけ、ということだろう。


「ほーん。それなら言わせてもらうが、俺は拷問官であって調教師じゃねぇんだ。体と心をいじめて、情報を引っ剥がすのが仕事な訳。分かる?」


「……別途、報酬は用意する。今回のまとめて払うわ」


「それは普通、今俺が受け取れるはずだろ? 何せ、もう仕事は終わったんだからよ」


 既に情報は引き出した。なのにも関わらず、追加の仕事を与えつつ、報酬は後回しというのは、あまりにも酷い話だろう。


「まあ聞きなさい。この作戦が上手くいけば、少なくとも──勇者パーティの魔法使いを鹵獲出来るわよ」


「ほう?」


 王国の勇者一行。

 その中の魔法使いと言えば、こちらの宮廷魔術師を軽く凌駕する凄腕。

 そして、さらさらとした黒髪に切長のクールな瞳。その目尻に落ちた涙袋が特徴の少女。


 確か名前は……。


「やっと、やる気になったようね。全く……」


 レイズはようやくかと不満さを滲み出しながら、腕を組む。


「聞かせろよ、レイズ。どうやって? 一体どうやるつもりだ?」


 ルークはらしくなく鋭い目をレイズへと向けた。


「それは、まだ話せない。とりあえず、あの女を手駒にしなさい。貴方なら、簡単なことでしょ?」


***


「ほら、この部屋だ。入るぞ」


「ま、待て! ちょっとゆっくり!」


 他の客や店主の好奇の視線に晒されながら、鎖を引き、部屋へと辿り着く。

 二階の角部屋だ。


 木目の天井、木組の床に、二つのベッドと隅には机と椅子。一日あたり銅貨五枚の安宿らしいシンプルかつ、ちゃちな部屋だ。


「ま、まさかっ! 貴様!」


「お前を犯す気かって? はっ! それも悪くないが、俺は自分から手を出すつもりはない」


「ほ、本当、か?」


「ああ。その代わりに宣言してやる」


 ルークはにやりと笑う。面白おかしく。

 

 「──『七日後』。お前は俺のことが好きで好きで仕方なくなってるだろうさ」


 どうせ、そうなる。ルークには確かな自信と策があった。


 

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