第4話  女騎士とおさんぽ

 この世界は元いた世界とは違い、大きく分ければ三つの勢力が中心にある。俺がそれに気づいたのは、転生して5年目。要は、齢五歳の頃。


 前世の記憶を思い出してからだった。

 相良 甚八さがら じんぱち。それが俺の本当の名前なのだと、唐突に理解した。


 同時に、転生者であると俺自身が自覚するなり、レジェンドスキルと呼ばれる最高位のスキルの一つ、《ゴッドハンド》を得た。


 まあ、そこから色々あって、王国から追放された俺は本名を捨て、帝国にこうして居着いたわけだ。


「……というわけなんだが、お前、聞いてる?」


「む、無論だ。見損なったぞ、裏切り者め」


 宿屋の隣にある酒場。

 件の女騎士 アテナは俺が注文したはずの料理をガツガツと食い散らかしている。……首輪に繋がった鎖がじゃらじゃらと鳴らしながら。


「お、おい。あれ……」


「あ、ああ。間違いない変態とその飼い主だ。衛兵に通報した方が良いのか?」


 隣の席、冒険者と見られる二人組からそんな話が聞こえてくる。


「あ、お構いなくー」


 愛想よく笑って、ルークが言うと二人組はひっと途端に視線を背けた。


「はあ……お前さ。自分の立場、分かってる?」


 何故こうなったのかと言うと。


 宿屋。夜も遅く、そろそろ寝ようと思った矢先のこと。


『くっ。し、静まるんだ。私の体』


 ぐぅぐぅとアテナの腹があまりにもうるさかったのである。


『……飯、食いに行くか?』


『て、敵の施しなどっ!』


『じゃあ、その腹の虫をどうにかしてくれよ……」


『くっ! 殺せ!』


 以降、鳴り続けるアテナの腹に痺れを切らしたルークが仕方なくここに連れてきたと言うわけだ。


「はっ、騎士のくせに品のない雌だな」


「なっ! 品がないだと! 取り消せ! そして、その……め、雌と言うのも止めろ!」


 要求の多いこった。


「こへから私を、どうすふつほりだ」


 これでもかとテーブルの上の料理を口の中へと詰め込みながら、鋭く睨んでくる。……怖くねぇよ。


「簡単なことだ。お前を完全に俺のものにする。ただ、それだけ。まあ、騎士として忠誠を違うことには慣れてるだろうからすぐさ」


 俺は木のジョッキに並々注がれたエールを飲み干す。黒エールと呼ばれる帝国固有の酒は、今のところ、この世界で一番美味い酒だ。


「貴様に、人の心というものはないのか?」


「ん? さあ? 残ってんなら、こんなことしないだろ」


「ま、まるで他人事のように……」


 騎士は途端に鋭い目つきから一旦、恐れを滲ませる。……とはいえ、口はいまだにモグモグと動き続けているが。


「恐いか? 女を捨てたはずの自分が、次第に淫猥なメスに作り替えられるのは」


「き、貴様っ!」


 ばっと怒ってアテナは立ち上がる。


「おー目立ってるぞー。いいのか? こんなところで、奴隷印の罰を受けても」


「くっ!」


 悔しさに端正な顔立ちを歪めて、アテナは再び座った。


「そりゃあ、嫌だよなぁ。身体が途端に熱くなって、疼くんだもんなぁ」


「許さんぞ、貴様だけは」


「え? なに? 何か怒らせるようなことしたっけ? あ、お尻いじったのが不味かったのか?」


 ルークがあえて大声で言うと、ざわざわと店の中がどよめいた。


「お、おい。まじで変態じゃねぇか」

「あ、ああ。相当な手練れだぜ。ありゃ」


 そんな会話がアテナの耳に届いたからだろう。


「くっ……貴様ぁ」


 耳までもを真っ赤にして、憤慨と羞恥の入り混じった顔を向けてくるアテナ。


「さて、食い終わったんなら帰るぞ」


「ま、待て貴様っ!」


「ちょうどいい。散歩でもしようか? アテナ」


 ルークが気まぐれに言うと、アテナはぐぬぬと顔を真っ赤にしながら、睨んできた。


「ほらほら、行くぞー」


 じゃりじゃり。ルークはそのまま鎖を引きながら、店を出た。


***


 向かったのは、街より少し離れた夜の森だった。

 街の明かりも届かず、波打った木の根や木の葉が歩けば歩くほど、邪魔だ。


「お、おい……ど、どこへ連れて行く気だ?」


 アテナは森に入ってから、きょろきょろと不安そうに見回している。

 いかに強者であろうとも、首に鎖を巻かれたこの状況は、流石に堪えるのだろう。


「あー、最近ここいらに魔物が巣食ってるらしくてな? さっき冒険者達が困っているらしい」


「……まさか貴様、私に戦えと言うわけではないな?」


「いや、そのまさかです」


「ぶ、武器がないではないか!」


「んじゃ、ちょっと待て」


 ルークはスーツのポケットをごそごそと漁る。すると。


「あ。あったあった。ほい、ロングソード」


 何処からともなく、その手に直剣が現れた。


「ま、まさかその力」


「おいおい、転生者か召喚者なら誰だって持ってるだろ? 《ストレージ》だって」


「本当に、転生者だったか」


 アテナは信じていなかったようだ。それはそれで構わないが。

 

「お、来てるな」


 視線の先。二つの赤い光が滲んだ。


「そんじゃ、鎖は取ってやるよ。お手並み拝見ってことで」


 ルークは鎖を手刀で切り落とすと、跳躍し大樹の枝の上へと登った。


「ふっ、魔物を討伐した後は貴様だからなっ!」


「へいよー」


 さて。元は、王国の出身ではあるが、騎士の実力は正直詳しくない。


「あっさり死ぬなよーアテナー」


 別に心配だったわけではない。

 ただ、使えるかどうかが知りたかったのだ。


 ──俺の、復讐の道具として。


 

 

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