幼少

 幼いころの思い出は、周りの人間がころころ変わっていた。わたしの両親は共働きだったのもあり、親戚やよく分からない関係の人に預かってもらっていた。


 なので周りは大人やわたしより年上の子供がたくさんいた。一番年下というのは可愛がってもらいやすく、初めて会う人達に遊んでもらっていたのだろう。


「リクちゃんは大人しいね。一人遊びができるからよかった。」


 大人達は物わかりのよく、一人にしても平気な子を好むようだ。自分本来の性格なのか、環境によるものか一人でいることは心地よいものだ。


 わたしにとって食べるもの、寝るところがあればそれでいい。少しの間なら空腹も我慢できる。ただ寝ることを妨害されなければいい。


 ただ毎回違う人達に会うのでなんとなく嫌われたら何かが崩れてしまう気がした。だから同い年の子供達がわがままを言っているとなんともいえない気持ちになった。


 わたしはわがままを持っていい立場ではないのだ。


 誰からか言われたわけでもない、ただ毎回違う人達にわがままを言える信頼を全く持てなかったのだ。


 わたしにとって親というものは滅多に会えないが他の人より昔からたまに会う大人だった。


 そんなわたしに弟と妹ができた。


 そして弟妹を生んだ母親は仕事を辞めた。というより仕事を変えて毎日夜は家にいるようになった。そのときわたしは何も感じなかった。ただ自分の家から移動しないので夜中に起こされ帰らされなくて良くなっただけだ。


 そして弟妹の育児が落ち着くと、母親は週末や夜はまた仕事に出かけるようになった。わたしは小学生になっていた。


 弟妹達は戸惑ったのだろう母親と離れる事をひどく嫌がっていた。幼いながらに母親に電話をかけ早く会いたいと願った。その頃は、親戚の家に預けるのではなく私達は家に置かれていた。


 見かねた祖父母がたまに来て私達といてくれた。ただ祖父母には祖父母の家があるので頻繁に来てくれるわけではない。子供しかいない時の方が多いのだ。


 子供だけで家にいると部屋が広く、暗いところは怖かった。静まった部屋にはテレビの音と私達の声だけしか音がない。


 何よりも怖いのは家に訪ねてくる大人だ。子供にとって自分よりはるかに大きく、知らない大人は恐怖でしかない。危害を加えてくる大人は、ほぼいないが本能的に恐怖でしかないのだ。


 そのため訪ねてくる大人は丁重に扱った。機嫌を損ねれば危害を加えかねられない。そして幼い弟妹達を無意識に守っていたのかもしれない。


 弟妹達は親にわがままを言えていた。わたしは親に対して不満はない。そういえば親に対してわがままを思うことさえない。


 なぜなのかわからない。ただわがままを言える弟妹にホッとした。私が見ていた周りの子供達と同じでまぶしかった。


 小学生になると世界が変わった。周りは同い年の子達であふれ、みんな何かあると来てくれるのは親だった。わたしには祖父が来てくれた。


 みんなと話していると、どうやらわたしにとっての母親とみんなの母親は違うらしい。


 わたしは何もかも知らないことばかりだった。同い年の子達と遊ぶのは楽しい。一緒に登下校してくれる友だちもできた。


 そして無意識に先生にとっての優等生になっていた。子供というのは良くも悪くも素直だ。誰だって大切に扱われたいものだ。わたしは先生を独り占めしたいと思ってしまった。


 それは周りの同級生にとってはよく思われないことだった。それでなくてもわたしは普通ではなかった。小学生にとってイジメは日常的なものでしかない。


 心なんて初めから無いも等しく、ただ周りが騒がしいだけだった。


 ただ知らぬ間にストレスがたまっていたのかよく熱を出すようになった。毎回医者に行くがよく分からなかった。


 そんな生活のなか本に出会った。本の世界はとても楽しくて、わたしは夢中になった。特に挿絵のない本が好きになった。頭の中で文字が映像になり、まるで記憶が鮮やかなまま夢の中にいるようだった。


 わたしは図書館の本を読むために学校に行くようなものだった。家に帰っても大人はいない生活のままだった。そのうち洗濯物を取り込み、皿を洗うなどの家事を頼まれるようになった。


 弟妹の世話をしながら家事をするのは、暇つぶしにちょうどよかった。その頃には親が帰ってくるのは私達が寝る頃だった。全てやることを終わればずっとテレビを見て親の車が来て寝床に入る毎日だった。


 その生活を続ければどんどん成績は落ちていった。親はなぜこんなに頭が悪いのかと私達に対して怒るようになった。


 わたしにとっては親の方が理解不能だった。親は夜に家にいてくれないのに、あれほど弟妹達は家に帰ってきてとねだっても叶えてくれなかった。ただ周りの家のように誰か大人がいてくれたらそれだけで違ったのにと。


 なのに自分達に都合のいい存在でいて欲しいなど戯れ言を吐く。もう私達は素直に受け止められなかった。もう私達に親は必要ないものだとすり込まれてしまったのだ。


 中学生になりわたしは親から離れたかった。親は相変わらずだった。近くにいて親として期待して、裏切られるのはもうたくさんだったのだ。


 祖父母のことは信頼してむしろ親として認識していた。だからすぐに中学生を卒業して働きたいと話した。祖父母は苦虫をかみつぶしたような顔をする。


「高校までは出て欲しい。リクのためにも…」


 先生にも高校まで卒業しなければ就職先はないと言われた。その頃のわたしは問題児で授業中起きていられなかった。図書室だけが安心できる場所だった。


 このままでは高校に進学できないとまで言われていた。その頃にはわたしの家は貧乏な事も分かっていた。高校は公立で寮があればどこでもよかった。

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