第8話 自信をつけるには……
夏葉と連弾をしてから数日、日に日に彼女の弾くピアノからは緊張由来の堅さが取れていった。
しかし、それは僕の前でだけのようで……。
その日もいつも通り二人でピアノを弾いたり、どちらかが弾いてそれに合わせて歌ってみたりと同じようなことを繰り返していたのだが。
「また、何か曲を聞かせてよ。僕って、歌のない曲全くと言っていいほど知らないから」
「うん、いいよ。じゃあ今日は難しめのやつ、挑戦してみちゃおっかな~」
夏葉が意を決してそれを弾き始めたとき、その人は現れた。
「珍しいな、お前がピアノを弾いているとは」
演奏の手を止め夏葉は飛ぶように振り返る。
「お、お父さん……」
……お父さん?お父さんってあのお父さんか?
え、俺いて大丈夫?
そう言えば、結局あれ以降も夏葉のご両親には会えずにいて菓子折りどころか挨拶もできていないのだが。
「そちらは?」
「あ、えーっと、夏葉さんの同級生の涼風碧斗と申します。色々あってピアノを弾かせてもらったりしています」
「そうか。夏葉、私のことは気にせず、続けなさい」
俺の方には一瞥するだけで、すぐに夏葉の方を見る夏葉のお父さん。
なるほど、これはまた……こじらせてるな。
「はい」
そう言われてがちがちに緊張したまま演奏を始める夏葉。
最近取れてきたと思っていた緊張感がまた演奏に現れている。
それでも、夏葉は弾き続けた。
どんなにガタガタの演奏でも夏葉の指が止まることはなかった。
その音からは緊張が大きく伝わってきたが、確かに真剣さも伝わってきた。
そうして、夏葉はついに弾き終えた。
「ふむ。……下手だな」
しかし、夏葉のお父さんは聞きはしたものの特に興味を示さずそれだけ言って立ち去った。
……気まずい沈黙が流れる。
「また……だめだった……」
ラの最低音よりももっと低く暗い、そんな顔の夏葉。
……でも確かにさっきの演奏は、一所懸命、真剣という姿勢こそ伝わってくるもののお世辞にも上手いと言える演奏ではなかった。
普段の演奏を聞いている僕からすれば特に。
「ねえ、夏葉。」
「……何?碧斗。」
今夏葉に必要なのはこの場限りの慰めでも励ましでもない。
「お父さんを見返してやろう!」
「え?」
間の抜けた顔をする夏葉。
「君の演奏はすごい。さっきの演奏は明らかに君の自信が足りなかっただけだと思うんだ。だから自信をつけて、もう一度お父さんに聞かせてやるんだ!君の音を!」
心の内を真っ直ぐにぶつける。
「……無理だよ」
俯いてそう言う夏葉。
でも僕にはわかった。あともう少し背中を押してあげれば彼女は一歩踏み出せると。
「無理じゃないさ。誰の前でも弾けなかったピアノを今では僕の前で弾けるようになった。お父さんと僕が全然違うってことはわかる、でも本質的には同じことだと思うんだ」
「……どうやって自信をつけるの?」
!!少し前を向いてくれた。
「それには少し考えがあるんだ!これを見てよ!」
僕はズボンのポケットからおもむろにスマホを取り出すと動画投稿アプリを立ち上げてひとつのチャンネルを夏葉に見せた。
「……これは?」
「誰にも言ってこなかったんだけど……僕のチャンネルなんだ。一応電子ピアノは家にあるからね。このチャンネルで最近流行りのアニソンとかを弾いて投稿してるんだけど……」
こういうことを自分から話すのはなんだか恥ずかしい。
「え、すごい!登録者1万人!?」
「あはは、人気曲の影響力ってすごいんだよ」
「いや、絶対それだけじゃないよ!」
「ありがとう。でさ、このチャンネルで弾いてみない?」
想像以上に褒めてくれるので、さすがに恥ずかしくなって話しを無理やりに変えた。
「え?どういうこと?」
顔だけでなく声からも不思議そうな雰囲気が伝わってくる。
「そのままだよ。この間連弾した時に思ったんだ。これ動画撮ったら面白そうって。それで慣れてきたら夏葉1人でも投稿してみてさ!どうかな?」
「そんな……私が、私みたいな初心者が碧斗のチャンネルにお邪魔するなんて……」
迷惑じゃない?という目でこちらを見つめる。
「もちろん、迷惑なんかじゃないさ。それに僕にだってメリットがある。最近、動画が伸び悩んでいてさ。高校生の連弾動画とかほかに見ないと思わない?」
だからどうかな?と最後の一押し。
まっすぐ夏葉を見つめる。
僕の眼差しに答えるように夏葉が僕と目を合わせた。
「……私、やってみたい。自信のない自分を変えたい!だから、お願いします!」
夏葉の瞳に強い力が宿った。
「よし!じゃあ、早速明日一本動画撮ってみようか!」
「ええ!?明日!?いきなり!?」
「うん。何事も勢いは大事だろ!曲は一番メジャーな曲でいこう。この間も弾いたし、どうかな?」
動画で僕のピアノを見てくれる、聞いてくれるような人なら必ず一度は聞いたことがある曲。
「勢い……そうだよね。分かったよ!曲も問題ないよ!」
「よし!じゃあ明日の放課後は一回家に寄ってから来るね!」
お互いに固い信頼関係、絆が芽生えた瞬間だった。
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