第7話 楽しいを知る
碧斗に言われた通りに楽しそうな雰囲気(主観)でピアノに向き合う。
それより、さっきの全部見せてほしいって……いきなりすぎるよぉ。
やっぱり家に私だけって言ったから碧斗も意識してくれたりしたのかな……?
って私、何考えてるんだろ!
まずはピアノ!ピアノだよね!
えーっと、楽しそうにってことは笑顔だよね。
言われて意識すると笑顔を作るのは難しい。
私はうまく笑えているんだろうか……。
結論から言えば、全然ダメだったみたい……。
でも、そうしたら碧斗が連弾の提案をしてくれた!
弾けるかの不安もあるけど、それ以上に楽しそうという気持ちが勝った。
「うん。そうだよね!今聞いてるのは私と碧斗だけ……やろう!」
私がそう言うと碧斗もうなずいて、私の左側に立った。
彼は低音を担当してくれるようだ。
「曲はどうする?」
「碧斗に任せるよ。でも楽しい感じの曲がいいかな」
「分かった」
碧斗は一瞬思案顔をした後、すぐに鍵盤をたたき出した。
低い音で弾かれだしたそのポップな曲調はVロイドと呼ばれる、歌をうたってくれるソフトウェアを用いた曲だったはずだ。
はじめての連弾と言うこともあってかこの曲自体は難しめではなく、合わせやすそうだ。
真面目そうな彼がこういう曲を弾くというのはなんだかイメージと違ってギャップを感じる。
私も一拍遅れてそれに合わせる。
サビの部分に入ると隣から鼻歌が聞こえてきた。
~~~♪
ふふ、碧斗楽しそう。
こういう一面もあるんだ。
――――――!
そう思ってふと気が付く。
そっか……そういうことだったんだ。
楽しんで弾くこと。
笑顔で楽しさを見せるとか、ボディランゲージで楽しさを表現することも楽しさの一部ではあるんだろうけど、楽しんで弾くには自分が心から楽しめることが大切なんだ!
「ありがと、碧斗!」
「何が……って言うのは流石に野暮かな?」
「分かってるなら、お礼は素直に受け取ってよ!」
「夏葉がそう言うなら、素直に受け取るよ。どういたしまして」
そう言うと、彼はいきなり激しい曲調の曲に繋いでいく。
この曲はカラオケでもよく歌われた曲として、テレビで取り上げられていることもあった有名な曲だ。
ピアノで弾くと音域が広く、なかなか難易度の高い曲だ。
それでも碧斗のすらっとした綺麗な指は、踊る様に鍵盤を叩いていく。
サビ前の一番盛り上がっていくところに差し掛かる。
二人して気分がよくなって、慣れない連弾でも手元を見ることはなかった。
でも私たちは忘れていた。
連弾では中音域の鍵盤で奏者の手が交差することがあることを。
「きゃっ!」
「わっ!」
私の左手と彼の右手が交差を忘れてぶつかってしまう。
改めて体勢を確認すると、彼の身体は私のすぐ後ろと言ってもいいくらいにあり、もはやくっついていると言っても過言ではないような体勢になっていた。
「ご、ごめん!」
碧斗も全然意識していなかったようで、手がぶつかって演奏が止まったことでようやく気が付いたというような表情だ。
「い、いや、全然大丈夫。そうだよね、連弾って手を交差させたりして演奏してるもんね……」
お互いの手に触れてしまったことで妙に意識してしまい、自ずと碧斗の『全部を見せて』発言が思い出されてしまった。
微妙な空気が流れる。
「あ、あはは。僕こそ、連弾を提案したのは僕の方なのに楽しくて気を付けるのを忘れてたよ……」
「ま、まあ、ただ手がぶつかっただけだし……それに、私も楽しかったよ!」
そうだ、ただ手がぶつかっただけで何をこんなに意識しているんだ。
……これも全部碧斗がいきなりあんなこと言うから。
「それは、よかったよ!ピアノを楽しむ感覚、ちょっとは分かってもらえたかな?」
「うん、碧斗と弾くピアノはすごく楽しいよ!」
「それは良かった。これからはちょっとずつでもその楽しさを自分の演奏に取り込めるようになれば、きっと夏葉はすごい奏者になれるよ!」
「そうかな……いや、碧斗が言うならきっとそうだよね!私、頑張るからさこれからも一緒に練習してよ。たまには今日みたいに変わったこともしてみたり、歌ったりしながらさ!」
言いながら、顔が熱くなっていくのを感じる。
告白する人ってこんな気持ちなのかな?と思えるように鼓動も早くなっている。
「もちろんだよ!もともとピアノも場所も貸してもらうだけっていうのは悪いと思ってたし、僕にできることなら喜んで協力するよ」
本当に嬉しそうな笑顔でそう言ってくれる碧斗が眩しい。
ああ、私……まだちゃんと関わりだして二日目なのに、碧斗のこと好きになっちゃった。
今までも、年相応に良いなーとか、ちょっとかっこいいなとか思う人はいた。
でも、今回はそんな思いとは全然違う。
さっきから彼のことを考えるだけで胸が高鳴る。
顔が眩しくて、まっすぐ見れない。
私のことを知ってほしいと思ってしまう。
少し一緒に歌を歌ったりしただけで、私のことを分かってくれて、悩みも言い当ててそれの解消に手を貸してくれて、しかもそれをまるで自分のことのように喜んでくれて……。
こんなの好きにならない方がおかしいじゃないか。
でも、まだ二日目だ。
いきなり伝えても迷惑かもしれない。
明日からも、この時間は続く。
もっと仲を深めてからこの思いを伝えよう。
私は自分の中に芽生えた大きな想いを胸に秘め、これからの新しい生活に心を躍らせた。
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