金の精霊

 ほらの中の暗い細道は軽い下り坂になっていた。ちょうど赤音山の内部を下りてゆくような感じだ。


 この隧道は人の手によるものだろうか、自然にできたにしては歩きやすく整い過ぎている。いつものように専門的な興味に浸っているとタテハが立ち止まった。


 「ここが七段目の下の辺りよ」


 僕はぐるりと暗みを見回してから天井を見上げたが、特に変わった目印のようなものはなさそうだ。


 「なんでここが七段目ってわかるの?」

 「超能力よ」


 こんな訳のわからない場所に迷いこんでいると落ち着いて行動するタテハが本物の超能力者のように思えてくるから不思議だ。

 僕はそんなタテハの指示に素直に従い、ペンライトで周囲の闇を照らして観察した。


 気になるところと言えば、前方に無数の白い糸が垂れ下がっていることだった。

 近づくと、植物の長い根っこか蔓のようだった。その奥に窪みがあり、ライトで照らしてみると何かが小さくキラリと光った。


 僕とタテハは顔を見合わせた。

 声には出さないが、思っていることは同じだった。


 「あれか?」

 「あれよ」


 暖簾のように垂れ下がっている植物を掻い潜り、ついに僕たちはお目当ての物体の前にたどり着いた。


 上部に薄く積もっている土や枯草のようなものを払いのけると、まさにタテハが言っていたとおりの紡錘形の金色の物体が現れた。

 それは、大人が軽く手を広げたくらいの幅があり、高さは40~50cmほどだろうか。重さはわからないが、到底タテハ一人では持ち運べないような大きさだった。

 静さんが僕を一緒に行かせたのは、タテハを危険から守るというより、これを運び出すためだったのかと、なんとなく合点がいった。


 「あとは、これを静さんのところまで運べばいいだけだな」

 任務をほぼ遂行した満足感とともに僕は埃を払って立ち上がった。


 「これが金のサナギだとしたら、ここから金色の蝶が生まれてくるのかしら」

 タテハは座ったまま、サナギの表面の彫り模様を撫でている。


 「これは明らかに金属製だから、蝶は生まれてこないよ。でも中に何が入っているのかは気になるところだよな」と言いながら、僕も一緒にしゃがんで物体の表面を子細に観察した。


 彫り模様は何かの祭礼行列なのだろうか、騎乗した貴人らしい人物を先頭に従者のような人々が古代の絵巻物のように描かれている。僕の感覚でいえば、登録美術品として扱われるくらい価値のあるもののように思われた。


 「美術館に展示されるくらい貴重なものかもしれないよ、これ」


 「それよりも静さんのところに運ばなくちゃ」タテハは現実的かつクールだ。



 物体を持ち上げてみると、中身の詰まった小さな旅行鞄くらいの重さがあった。

取っ手があるわけではないので、片手で持つというわけにもいかない。

 平坦な通路は良しとして、この地下空間からクスノキの根を伝って上へと持ち上げるのはなかなか難しそうだ、さてどうするかと考えていると


 「中を見てみる?何が入っているのか」とタテハがワクワクした声で言う。

 「いわくつきの物だったら、たたられるかもしれないよ」

 「もう触ってしまったから、開けなくても祟られるわ」


 確かに、そうなんだけど…

 タテハは何でいつもこうも強気なんだろう。

 そして、僕はいつもそんなタテハに従うことになる。姫君を守護する騎士ナイトではなく、結局は従者として。


 タテハがペンライトで照らす中、美術品のような金色の蓋をそっと持ち上げたとき、何かがゆらりと流れて出てきた。と同時に僕は腰を抜かして地面に座り込んでしまった。

 そんな僕の眼前を霧のような花粉のような微粒子がゆっくりと空中を漂う。その様子をただ茫然と眺めているうちに、金色の粒子はだんだんと形を成していった。



 粒子がすっかり人の形になったとき、タテハは豪奢な異国の装いをした人物を見上げるようにして立っていた。


 「火威カイなの?」とタテハが問うと、金髪の異国人が答えた。


 「私は金蛹きんようの第一守護精霊、流果ルカと申します。現世の空気に触れて今、肉体を賜りました」


 僕は座ったまま、幻としか思えない金色の男を凝視した。


 長く艶やかな金髪とたくましい肉体とのギャップもさることながら、身に着けている甲冑、あるいは装飾品の精緻な模様にすっかり目を奪われていた。


 「あなたが何百年もの間、この金のサナギを守ってきたのね」

 男はずっと伏し目がちだった視線を上げてタテハを見た。


 「さようでございます。琥珀蝶姫こはくちょうき様」


 男の周りを金色の小さな蝶が舞った。


https://kakuyomu.jp/users/rubylince/news/16818093090093377563

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