映し世

 流果ルカの周りでは、肉眼では見えないはずの光の粒が生き物のように躍動し、薄暗い洞窟を仄明るくしていた。


 僕は何を見ているのだろう。


 恐怖はしかし時間の流れとともに陶酔感へと変化し、僕はただ陶然と金色の異人を眺めるばかりだった。


 「リョウ!」とタテハが大声で呼んでようやく我に返った。


 「流果ルカはリョウにとても似ているわ」


 どういうことだ?


 僕は立ち上がって恐る恐る流果と対峙した。

 同じくらいの身長、同じくらいの肩幅、そして…

 一瞬、からくり鏡を見ているような錯覚に捕らわれた。

 僕は目を見張り、片や流果は冷静に僕を見返していた。


 「どういうことだ?」今度は声に出して言った。


 「精霊が受肉するとき、近くにいた人物に似ることはたまにあることなのです」

 やわらかい口調で流果が言い、まなざしも少し優しくなった。


 「たぶん、資性や運命が似ているのかもしれません」


 この豪華な金色の男と地味な僕が?


 「琥珀蝶姫を守るという使命は同じなのでしょう」流果が続けた。


 「“こはくちょうき”?」


 さっきから引っ掛かっていたこの言葉がどうやら重要なキーワードのようだった。


 「朱冥国の国魂神くにたまのかみである無窮蝶姫を守護する巫女であり、弊国の宮廷巫女でもあられます」

 そう言ってタテハを手のひらで指した。


 「タテハが?」僕はタテハを見た。


 タテハは表情を変えることなく、身じろぎもせずにただ立ち尽くしていた。

 この樹洞に入るまでは、ふつうに元気な女の子だった。ふつうに僕をからかってふつうに大声で笑うタテハが今更、貴人級の巫女だと言われても…


 「この金蛹の中には、無限蝶姫をはじめ、まだ多数の精霊が眠っています…」


 事情をのみ込めない僕を見かねたのか、金蛹の傍にひざまずいた流果が物語り始めた。

 タテハから聞いた話と重複するところもあったが、さらに詳しく、信じ難いが興味深い物語だった。



<天の航行について流果が語ったこと>


 無窮蝶姫むきゅうちょうき御魂みたまが入った像を乗せた金蛹きんようが、1300年近くの時を超えて日本へとやって来たのは約50年前のことだった。


 朱冥国の大呪術師、ナワン・パノとその子弟たちによって精霊化された国王を始めとする貴人、守護精霊、侍衛じえい神馬じんめ神器じんぎを無窮蝶姫像とともに金蛹に封じ、師の呪術によって開かれた天空の航路を航行してたどり着いたのが赤音山中だった。


 一方、その他の選ばれた朱冥国の人々を精霊化して封じ込めた銀蛹ぎんようは、天に近い山々が泰然と坐すヒマラヤへと航行した。それは、パノ師の大師匠が存する聖地だった。銀蛹から目覚めて受肉するためには現世うつしよに生きる人間の力が必要だったのである。


 ヒマラヤの大師匠は呪術でパノ師を銀蛹から呼び出し、前途に予想される邪霊の出現を屈服させる呪法、キュパを伝授した。そして、パノ師を半霊半物質化して現世を映した異次元の世界である映し世うつしよへと送り出した。


 銀蛹は、金蛹と時間軸を共有したまま、50年前のヒマラヤ山塊の映し世へと降り立った。

 そこは、現世とは異なり温暖な気候のチベット山塊の南側の広大な高原であった。


 その地において呪術師ナワン・パノによる朱冥国の再建が始まった。


 幻像化して銀蛹に封じていた宮殿を組み上げ、そこから八方向に広がる道を敷き、街を再建し、1300年前の王都を50年かけて構成していった。

 それは、ナワン・パノにより立ち上げられた新たな幻の都だった。

 そして、パノ師の築いた幻都へと通じる異世界への入口がこの赤音山に出現し始めた今、この機を待って長らく赤音山で暮らしてい精霊たちは、再び金蛹に封じられ、未知の地へと赴くことになったのである。


 流果の話を聞きながら、僕の中では疑問ばかりが渦巻いていた。中でも一番の疑問は…


 異世界への入口とはなんだ?ということだった。


 流果という不思議な存在を目の前にした僕は、現実の世界にいるのか、それともすでに別の世界にいるのか…


 「あなたはすでに私たちと同じ時空にいる。赤音集落の石の門がこの異世界への入口だったのです」


 とすると、タテハや静さんは異世界の人だったの?


 「この大移動の日まで、金蛹を擁する赤音山に結界を張り続ける人間が必要でした。そのため、ここに送り込まれた精霊が受肉して、結界を守り続ける必要があったのです」


 つまり、タテハも静さんも金蛹でやってきた精霊だった…


 「そうです。静女大巫子せいじょおおみこは、長らく赤音山結界の守り人でした」


 静女大巫子…静さんのことだろうか。


 で、ここからまた別の異界…朱冥国が繁栄する世界へと旅立つというのか?


 「そういうことになります」


 「でもそこは幻の都なんですよね」


 「現世から見た場合は幻の都になりますが、幻の都から見た場合はこちらが幻の地ということになります」


 知らぬ間に、僕と流果は言葉を介しないテレパシーでやり取りをしているようだった。あるいは、最初からテレパシーで会話していたのだろうか。


 流果にはまだまだ聞きたいことがあった。


https://kakuyomu.jp/users/rubylince/news/16818093090567387134

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