蔵の中
タテハと一緒に玄関先に立つと、土間にいた静さんが
「あら、もうお帰りかい」と声をかけてきた。二人並んでいるのを見ても特に驚く風でもない。
静さんの許可を得た後、僕たちは蔵の二階に上がった。
大きめのサーチライトを天井の梁にぶら下げてふたつある観音扉の窓を開けると、夏の光とともに涼しい風が流れ込んできた。
「初めて来たけれど、案外冷んやりしてるのね」とタテハ。
「土壁に厚みがあるから外気温にあまり影響されないんだよ。壁厚は多分、30cmくらいあるんじゃないかな」
建築学を学んでいるため、こうした古い蔵には興味があり、少しばかり知識もある。
「なるほど、詳しいのね。尊敬しちゃう」
素直にそう言われると満更でもないが、とりあえず調子にのるなと自分に言い聞かせて手持ちのライトで蔵の隅を照らした。
闇に紛れていたのは黒っぽい小ぶりの
「なんて書いてあるんだろう」
タテハが近づいてきて自分のライトで文字を照らした。
端々が茶色くなってところどころ破れ、剥がれそうになっている紙には何かが書かれているが、日本語かどうかもわからない。古代文字のようでもあり、記号のようでもある。
「秘密の文書か何かが入ってるのかな?」薄暗い中で表情はよく見えなくてもタテハの高ぶりが感じられた。
日本の古代文字、いわゆる
「かなり古い文字か、記号だな」それだけ答えると、
「なんだろう、静さんに聞けばわかるかな」タテハは、宝物でも見つけたかのように小躍りしそうな様子だ。
「呪いの文書や人形だったらどうする?」ちょっとした悪戯心で返すと、若さゆえに感情豊かなタテハは「やめて」と叫びながら僕の背中を叩いた。僕は咄嗟に長櫃に両手をつき、その衝撃で埃が舞い上がって蓋の端が少し浮いた。
「リョウが勝手に開けちゃった」悪びれる風もなく、タテハが中を覗き込む。
「まるで空手の突きだな、手加減してよ」僕が言うと、
「わかる?」とタテハ。
中学生のときに護身のために少し空手を習ったのだという。
「空手ができる私とガタイのいいリョウ、いいコンビよね」
「なんのコンビだよ」と言い返しながら、なぜか妙にしっくりくるな…と不思議に思ったのだった。
乾いた布で拭いてみると、栗の皮ような渋い茶色の櫃だった。
重い蓋をそっと持ち上げてみる。
上部には刺繍を施した古びた赤い布で包んだ何か。下の方には糸で綴じられた古い書物のようなものが数冊収納されていた。
僕の心はタテハに劣らず高ぶったが、
「ここで中身を取り出すのはやめておこう」とタテハに言った。
高級感のある長櫃に収められているものは、それなりに重要なものだと僕は判断したのだ。
「運び下ろして静さんと一緒に検証した方がいいだろう」
二人で丁寧に長櫃を拭いている間に集落の読経の唱和が始まり、しばらくして止んだ。
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